人斬りセバスチャン血風録 1
こちらの作品は「天の声オネエと悪役令嬢の明るい未来改革」で間違いありません。
セバスチャン過去回です。具体的に言うと十代のセバスチャン。
姉はある日、とある高位貴族である婚約者のおぞましい悪意によって壊された。元より身分差のある婚約だった事もあり、いわれのない罪で婚約破棄をされた挙句、断罪とばかりに脂ぎった豚貴族に玩具として下げ渡された時の姉は心が死んで人形のようだった。感情も消え、ろくに話さず、無理矢理着せられた娼婦のような下着姿で虚ろに宙を眺めていた。元から楚々とした儚げな見目をしていただけに、本当に幽霊になってしまったかのようだった。そしてそんな姉に駆け寄ることも許されず、連座で貴族社会を追放させられた僕はスラムへと追い立てられた。野垂れ死にしろ、と言わんばかりに。
ただ、彼らにとって誤算だったのは。
「すいません。入信希望です」
僕があまりに強烈すぎる精神的ショックを受けたせいで前世を思い出していたこと。そしてその前世がとんでもない存在だったことだろう。
「愛の神ルルティナ様の教えに心を揺さぶられたので、神の教えを遍くお伝えしたく。ええ、そう、天誅です。昨今のルルティナ様の教えを嘲笑うかのような愚かな婚約破棄に天誅を」
天誅。それはかつての自分を駆り立てたもの。荒れた世に熱病がごとく広まったもの。そしてこれからの自分を正当化するものだ。
「えっ、活動時のコードネームですか? そうだな……じゃあ【人斬り】で」
僕の前世。
それは幕末末期の動乱の世で世間を恐怖に陥れ、最終的に晒し首にされた男である。
◇ ◇ ◇
その事件は某国の第二王子の婚約披露パーティーにて勃発した。
「ロザリン・ミスティア!貴様との婚約は破棄させていただく!」
始まった。事前に善良な信者から通報を受けていた婚約破棄が。さぞかし理不尽な内容に違いない。その証拠に婚約破棄を告げた伯爵家のご子息ダニエル・アトリーは最初から婚約者であるロザリン・ミスティアではなく子爵令嬢のメイジー・カーマッセを入場時から連れていた。婚約者がいるのに一人でこのような場に来るのがどれほど彼女にとっての恥辱であるかを知りながら。密かに潜入していた僕達は配置につく。
「ダニエル様、何故そのようなことを」
「貴様のような悪女の血をアトリー家に入れる訳にはいかないからだ! 聞け! まずお前は」
長々と断罪が始まるがここは無視。仕事だからだ。その間に王族の方々の様子を伺う。不愉快そうだ。よし、これはこのくだらない断罪劇に関与していない。これなら問題ないだろう。服の中に隠してあったロザリオを取り出しそっと口付ける。近くにいた人々は僕の正体がわかったらしく、少しだけ安堵したような、だが結局はゾッとしたような表情を浮かべていた。
「違います! そんな、そんなことはしておりません!」
「ーーええ、では検証しましょうねえ」
悲壮なまでの表情で無罪を訴えかけるロザリン嬢の背後に僕の相棒ザラが現れる。元貴族令嬢だという彼女はパーティーらしい正装のドレス姿が板についている。だが、その手に握られているのは身長よりも大きい錫杖だ。彼女は心配ない、と穏やかにロザリン嬢に微笑みかけた後、すぐに表情を引き締める。
「らぶらぶー」
腑抜けた響きに反して、これは愛の神ルルティナ様の奇跡を起こすための祝詞だ。そういえば、らぶ、って前世で愛の事だったな、と他人事のように思いながら僕はザラの起こす奇跡の始まりを待つ。光り始めた錫杖を握り締めながら、ブツブツと何か祈っているザラは見た目は神々しいが、その実態はひたすら、らぶらぶ、と呟いているだけなので僕は笑いをこらえるのに必死だった。
やがて過去を読み取り終わったザラはふぅ、と溜息をつく。
「うーん、無関係の自業自得ですね。つまり完全無罪! すなわちこれは愛の神ルルティナ様への冒涜です! では皆様もどうぞ!」
まず、錫杖から何やらピンクな霧が溢れ出す。そして、それに映し出されたのは。
ロザリン嬢に突き落とされたという階段で自ら転落するメイジー嬢、ロザリン嬢に踏まれたというクッキーを自らげしげし踏み砕くメイジー嬢、ロザリン嬢の名前が書かれているノートを破り捨てるメイジー嬢などなど。時々人にお見せできないような表情を浮かべているが、まぁ仕方ない。自分の過去と嘘が映し出される度にメイジー嬢の顔からは血の気が引いていくのが見える。
「う、嘘よ!! 何よこれ!?」
「愛の神ルルティナ様の忠実なる神官【暴露】の奇跡、過去再生です。ちなみに私は単なる媒介で、全て神による奇跡なので、私でも中身には一切タッチできません」
ザラの白い歯がきらりと光るのがわかった。かつて同じく無実の罪で婚約破棄をされた彼女はこの奇跡を身につけるため文字通り血反吐を吐きながら修行した。そのためこういう場では誠にいい笑顔を浮かべる。
「虚言による理不尽な婚約破棄。道理なき婚約破棄に対し、神はお怒りです。神を謀るものへの慈悲はありません」
そして僕の出番が来た。
ロザリオが形を変えた刀を抜き、僕はゆらりと歩き出す。
「天誅……天誅っ!!」
一歩進んで刀を振り、二歩駆けて刀を鞘にしまう。その時間、一秒にも満たず。だが、身体強化の魔法を自身にかけた僕にはそれで十分なのだ。
まず、ダニエルとメイジー嬢の髪がばっさりと刈られた。次に数秒遅れて丸坊主になった二人の着ていた服がパーンと消し飛んだ。僕はニヤリと笑う。
「首は残してあるから感謝しろ。今が昔ならお前らの血飛沫で湯浴みをしていたところだ」
悲鳴が耳に気持ちいい。精々坊主の気持ちで心を入れ替えてくれ。そういえば断末魔は最近聞いていないな、と思い返しながら、僕は服についた髪の毛を払い落とした。
◇ ◇ ◇
この世のあらゆる婚姻を司る愛の神ルルティナ様は二年前のある日、憂いと怨嗟に満ちた神託を下された。
人間、ちょっと軽率に婚約破棄しすぎ、と。
婚姻とは一応は神への誓いである。ちゃんとした理由あっての婚約破棄なら問題ない。それこそ病気や経済状態の悪化等、愛だけでどうにでもならないことがあるのはルルティナ様も認めてくれている。政略結婚も仕方ない、と許してくれている。
だが、今回の神託で名指しされたのは。
無実の罪による言いがかりに近い婚約破棄だ。
「そんなもののために、愛だ何だを騙られるのはいくら懐の深い神様と言えども腹が立つ、か……僕には愛が分からないよ……」
その結果ルルティナ様は神官に命じた。汝らルルティナの名代として理不尽な婚約破棄に天誅を下せ、と。その結果、専門部署が結成され、僕セバスチャンはそこに所属している。その存在は各国にも通達されており、道理なき婚約破棄にルルティナ神官が現れる、とまで言われるようになった。ちなみに僕が丸刈りにしたりした後のターゲットは大体すぐに社会的制裁も食らっているのでマジモンのヤベェやつである。
「セバスちゃん、今日もお疲れ様ね。お姉様がよしよししてあげるわ……豚、気が利かないわね、さっさとセバスちゃんにお茶を用意しなさいよ」
そして数々の婚約破棄をねじ伏せ着実に教団内での力をつけた僕が豚貴族に強制的に嫁がされた姉を迎えにいったところ。
姉も覚醒していた。どうやら彼女の前世は夜の街で女王様として君臨していたらしく、女王様とは花魁の進化系らしい。清楚な見た目に反して苛烈な責めを見せる姉に、ぐふぐふ笑っていた豚貴族はあっさり陥落した後奴隷宣言をし、今では姉が事実上の家長だ。なお、本人達は今の生活がとても楽しいらしく、自分を婚約破棄した相手にねちねち嫌がらせをしては青ざめるのを見るのが趣味になりつつあるとか。女王様怖い。とはいえ、ルルティナ様がこれはこれで愛の形である、と認めているので問題ないだろう。
と、夫である豚貴族が走り去っていったのを見届けて、姉が表情を曇らせた。
「……セバスちゃん、最近ルルティナ様が邪神ではないか、と噂されているのは知ってるかしら?」
「……正直そう言われてもおかしくはないかな、とは」
ルルティナ様といえば元々穏やかな女神様で知られている。実際、今まで通りにルルティナ様に婚約を告げに行くと単純におめでとう!と祝福するだけの神官もいる。らぶらぶ言いながら婚約破棄に天誅している僕やザラのような神官の方が異常なのだ。
「ただルルティナ様批判は民衆の反発が強いので政治側からのメス入れは」
「それがねぇ、セバスちゃん、貴方達今や僧兵扱いよ。それか宗教版新選組」
僧兵。新選組。
僕は拳を壁に叩きつけていた。
「幕府の犬がァァァ!!」
「落ち着いて幕末志士さん。ごめんなさい、思ってたよりまだ貴方幕末脳だったわね。それはさておき、貴方達の存在がルルティナ様の御威光に傷をつけてしまいそうなのよ。腐れ貴族共がチクチクチクチクと。参ったわ」
どうやら僕のせいで姉の方に皺寄せが来ているようだ。僕はニッコリ微笑む。
「じゃあ処す?」
「……その鞘カチカチやめなさい」
姉の笑顔の圧に負けた僕は刀から手を離し深く溜息をついた。
「でも困ったなぁ。ルルティナ様のご信託に従っているだけなのに」
「婚約破棄なんて流行らなければこうはならなかったと思うのよ……」
それもこれも一番最初に婚約破棄をし始めたあの王子のせいだ。




