ドリルは男と悪役令嬢のロマン!
忠臣セバスチャンの意外な一面を知ったルーナは心労のせいか、あれだけ寝たのに家に着くとぐっすり眠ってしまった。セバスチャンとのあれそれがあってからサンの口数が少なくなってしまったせいもあるが。
「……朝ですわ」
〈ぐっもーにん! お目覚めは流石におブスなオネエのお出ましよ!〉
サンも寝ていたらしい。ほわぁ、と欠伸をすると身支度をするためにセバスチャンが中に入ってくる。令嬢の身支度は基本的に執事の仕事では無いはずなのだが本人の手先が器用なのと無防備な状態でもしっかり警護ができるということで、セバスチャンが担当している。
〈……あっ、そうそう。今日は髪型、いつもの悪役令嬢ドリルじゃなくて他のにしてもらうといいんじゃなーい?〉
制服を身につけながらルーナは首を傾げる。悪役令嬢ドリル、意味は分からないがいい意味ではなさそうなのは分かった。
〈ドリルは男と悪役令嬢のロマン! ドリルほど昂るものはないわよねぇっ! でも、子兎ちゃんは脱悪役令嬢したいんでしょう? なら、まずその髪型を変えた方がいいわ〉
どんなのが似合うかしらねぇ、とサンが考え始めるのが分かる。一方セバスチャンはいつものようにコテを準備し始めていた。それを見て、ルーナは慌てて止める。このままではいつもの髪型にされてしまう。
「あのっ、セバスチャン! 今日は巻かなくていいですわ!」
「……左様でございますか」
〈あっ〉
セバスチャンがしょんぼりしたように肩を落とす。そしてハンカチを取りだし、しくしくと目元を拭い始めた。
「このセバスチャン、お嬢様を満足させられない老いぼれに成り果てるとは……不甲斐ない」
本当に老いぼれならあんなにギラギラした目をしないものだ。ルーナは一瞬そんなことを思ったが、すぐに慈愛の微笑みを浮かべる。
「あの、今日はセバスチャンの故郷で流行っていた髪型とかは、できますか?」
〈ないすぅぅぅ! ナイスリカバーよぉ! 優勝! あんたようやった! ……あれ、でもセバスチャンの故郷の髪型ってまさかハゲ〉
イエーイ、と盛り上がっていたサンの声が段々小さくなっていく。何か不味い事をしてしまったのだろうか。ルーナが不安に視線をさまよわせていると、涙を拭き終わったセバスチャンが難しそうな表情を浮かべる。
「お嬢様、お言葉はありがたいのですが、お嬢様にはその、絶対似合わないです。今思い返せば何であんな妙な髪型が流行っていたのか……と。なのでそれを当世風にアレンジしたものでもよろしいでしょうか」
手に取ったのはサテンで出来た菫色のリボン。それで一纏めにした髪を括り、更に編み込んでいく。
「綺麗ですわ……」
「見立て通りです。少し幼い印象になりますが、お嬢様の可愛さが引き立ちますね」
田舎っぽい三つ編みとも単純なポニーテールとも違う。だが、頭を動かす度にリボンがひらりとして華やかになる。いつもと違う自分につい見とれているとセバスチャンが咳払いをした。
「お嬢様、準備を。遅刻しますぞ」
◇ ◇ ◇
馬車を降りるといつもより人の視線を感じ、ルーナはうっ、と息を詰まらせた。元よりルーナは目立つ少女だ。月光の銀髪に淡い菫色の瞳。ドリルヘアーの時ですら人形のようだったのに、いつもと違う結い方をした長い髪がリボンと一緒にさらさらと風に揺れる様子はまさに妖精。冷たそうと言われる切れ長の瞳も涼し気と言いたくなる具合である。
〈きてる、きてるわー!! 子兎ちゃん、今一番のモテ期がきてるわよぉー!〉
「うぅ……恥ずかしいですわ……」
いつもと違い髪の大部分が後ろにあるため、さりげなく顔を隠すことも出来ない。王太子妃候補として堂々としなさい、と口酸っぱく言われてもルーナは衆目を集めるのが苦手だった。だから、スッキリとしていて、勉学の邪魔にはならなさそうな髪型はいいな、と無理矢理意識を逸らす。
〈本当にこんな美少女が婚約者なのにあの塩対応ピーマンは何ボケっとしてんだか……子兎ちゃん、あんたにはこの美の女神サンちゃんがついてるわ! 優良物件ゲットだぜぇ、よ!〉
それは不貞に当たらないのだろうか。一応まだルーナはアレクサンダーの婚約者なのだが。ルーナはサンの言葉に思うところがあったが、昨日のアレクサンダーを思い出す。塩対応というのが何なのかは分からないがなんとなくニュアンスは伝わってきた。きっと、ああいう素っ気ない態度に対してそういうのだろう。塩な対応、分かりやすい。
「……アレクサンダー様は、気付いてくれますでしょうか」
ふと漏れた本心。まだルーナはアレクサンダーへの未練を断ち切れていない。