トウキョウ・モラトリアム 3
本名樫木トトリ。
彼は樫木神社の三男坊として生まれた人気声優、白樫殻斗だ。儚ささえ感じる美貌に抜群の演技力を持つ澄んだ声でスターダムを駆け抜ける彼。
しかし、それはあくまで表の顔。裏の顔は。
「定期報告。荒木三太の魔力に揺らぎあり。内部魔力の貯蔵減、心身への負荷が上がっていることを確認した。おそらく活発にあちらとの交流をしている模様」
スマートフォンで監視対象の状況を報告する青年の表情には温度がない。
「……本当に、監視だけでいいのか。あの世界のカレーを食わせなくていいのか?」
〈ええ。だって、あくまでアレクサンダーはおまけだもの。ルルティナに頼まれているのはルーナ・セレスティアだけよ〉
鈴を転がすような声に白樫は少しばかり黙り込んだものの、すぐに目を伏せる。長い睫毛が金色の瞳を隠した。
「……そうか」
〈割り切りなさい。このまま魔力を使い続ければアレクサンダーは遠からず内部魔力が尽きて死ぬ。それはどうしようもないことなの〉
「……俺が、俺が再び蓋を開いたからか」
この世界には魔力は無い。だから自然と異世界からこの世界に落とされた者は魔力を使うための器官が衰える。だが、近くに別の魔力があり、無理矢理刺激すれば再び使えるようにはなる。そしてそれが可能なのが白樫なのだ。込み上げてくる罪悪感。だが、彼女はそれを一蹴した。
〈死んだように生きるより、死ぬために生きる方がずっと最期は幸福でなくて?〉
切れる通話。やはり自分は向いていない。その瞳は鬱々としていた。
◆ ◆ ◆
「また来たのぉ? 」
白樫は目の前の人物に思わず息を飲む。
「アンタ、ちゃんと寝てるのか!? ご飯は!?」
化粧で誤魔化せないほどにやつれているアレクサンダーに挨拶すら忘れてつい問いかけてしまう。すると、アレクサンダーは少しだけ困惑したように目を見開いたものの、すぐにニヤリと笑う。
「食べてるわよぉ? なによ、その顔」
白樫は真っ直ぐにアレクサンダーを見る。そして唇をかみ締めた。その命の残り火は見た目以上に少なかった。
憔悴している白樫に気付いたのか、アレクサンダーはおどけるのをやめて、仕方ないな、とばかりに溜め息をつく。
「……来週からしばらくお休みすることになったのよ。しっかり治すつもりよ」
違う、休んでも意味が無い。体内の魔力を補充しない限り、彼の心身は元には戻らない。そう告げたいのに、自らの立場がそれを許さない。自分にとってあくまで彼はおまけに過ぎないのだから。だから白樫はただ黙る。
「あのね、アタシ、この街に来るまではきっと死んでたの。生きてるけど死んでたの。だからここで本当に死んでも悔いは無いわ」
そう語る瞳はどこまでも届かない先を見ていて。その言葉に白樫は覚悟を決めた。
◆ ◆ ◆
アレクサンダーは誰にも知られずに死んだ。周囲には沢山の血を吐いた後があった。残された日記からは病名が分からなかったことが記されており、ルーナへの謝罪と励ましの言葉が残されていた。
そして、まだ手付かずの部屋の中、白樫は手を合わせていた。
「あんたの生き様は見届けた。後は俺がやることをなす時だ」
その服装はいつものラフな私服と異なる。どこか車掌服のような、黒い詰襟の制服だ。目の前の亡骸の開いたままの瞼をそっと指でおろし、目を閉じさせる。
そして彼は表情を引締めた。
「さぁ、始めよう。最後の審判を」
◆ ◆ ◆
今日は久しぶりの休日だ。裏稼業もなく、本当の意味でのオフ。白樫はアレクサンダーが働いていた店へと訪れていた。
「いらっしゃい。その……」
「知っている。これは餞。墓前に供えてやってくれ」
白樫は日本酒をカウンターの店員に渡す。そして今日の日替わりを頼もうとしてメニューからその文字が消えていることに気付く。するとリリー、という名札をつけた男が深く溜め息をついた。
「悪いけど三太ほど即興でメニューを組み立てられる器用な子がいなくてねぇ」
随分と料理上手な元王子様もいたものだ。白樫は意地悪なメニューばかり作り上げるオネエを思い出し、つい、ふっ、と笑う。自分への視線が集まっているのも見ないふりをして、白樫は代わりにカレーライスを頼んだ。カレーが苦手なアレクサンダーが出したことがないそれは、おいしいものの、あの懐かしい味はしなかった。
◆ ◆ ◆
アレクサンダーはベッドの上で、ルーナ達から送られてきたレニア国の復興状況についての報告書を思い返し、ニコニコしていた。
「ルーナが楽しそうでなによりね」
さて、そろそろ蝋燭の火を消すか、と立ち上がったところでその人影に気付く。
「……白樫殻斗」
「お別れを、言いに来た」
詰襟姿の彼は誰にも察知されていないらしい。その証拠に思い出させられたあの日のように近衛は誰も反応できていなかった。
「お別れ、ね……」
「俺はアンタを見殺しにした。それが仕事だったからだ」
そんな奴が友達ヅラしているのは好かんだろう、と吐き捨てると、アレクサンダーは眉を顰めた。
「……それは初耳だけど、アンタやっぱりただもんじゃなかったのねぇ。ちゃんと自己紹介してもらってもいいかしら?」
しみじみとアレクサンダーが呟くと白樫は自嘲するように口元に笑みを浮かべた後、被っていた帽子を目深に被り直した。
「……閻魔見習いの樫木トトリ。死後の裁判官。それが、俺の裏稼業だ」
「本業じゃないのねぇ。安心したわ。店で見るアンタ、テレビや雑誌で見る時と違って、どこかずっと張り詰めていたから」
だから声優業の方のあれそれかと思っていた、と続ける様子はどこまでもあの頃のままで。白樫は少しばかり驚いていたが、やがて理解する。
蟠りや恨みがあるなど自分が勝手に思っていただけで、アレクサンダーは微塵も感じていないのだということに。
「百点満点叩き出してやったから細かいことはいいのよ。さっさと次の子羊ちゃんの所にいっておしまい!」
「……あぁ、世話になったな。アンタの作ったご飯が食べられなくなるのが残念だ」
帽子を外した頬には一筋の涙。その顔を見てギョッとしたアレクサンダーは深く溜息をついた。
「それ、反則でしょ……誤解されてオネエに食われるわよ」
「……ナマモノは地雷だと言っただろうに」
なんとも締まらない別れだった。
こちらで番外編「トウキョウ・モラトリアム」は完結です。
現在セバスチャンの過去回「人斬りセバスチャン血風録(仮題)」執筆中です。




