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トウキョウ・モラトリアム 2

2日連続更新ですわー!!


1と同じく本編最終話までのネタバレ含みます。

 白樫殻斗がこの店に来たのはちょうどアレクサンダーがあの幻影を見るようになった前日だ。オネエが回してはいるものの一応健全な飲食店、それがアレクサンダーが雇われ副店長をしているこの店である。とはいえ、立地上一見さんが来るのはなかなかに珍しい上にハードルが高いので、彼がお店に入ってきた時、まずアレクサンダーは脅しをかけた。


「あら? 初めての小鹿ちゃんねぇ。かわいくて食べちゃいたい」


 フードの奥に素顔を隠していても口許は見えるし、なんなら全身から漂う美青年オーラが凄い。だから迷子かな、と思って声をかけてみれば、彼はしばらく固まっていたものの、何故か普通に入店してきた。人目が気になるのか、物奥の一番見づらい席に着く。そうでもしなければ獲物を前にしたそっち系の人に声をかけられていたに違いない。アレクサンダーはカウンターから他の野郎共を追い払いつつ彼に声をかける。初めての人には一応は優しいのだ。


「あら、あれで帰らないのぉ? ひょっとしてお仲間かしら」

「……掲示板みたいな事を言わないでくれ。ナマモノは地雷なんだ」


 やはり芸能人らしい。何より聞こえてきた声は聞き覚えがある。確か最近よく家電量販店の該当モニターから聞こえてくるそれだ。


「……あっ、東京スカイレイカーの!」


 確かPVに出てくるライバルキャラの声そのままだ。すると彼は露骨に顔を歪めた。


「アンタもあのクソゲーの被害者か……!」

「えっ、あれ、クソゲーなの?」


 それなりに売れていた気がする。さもなくば街頭ビションで流れないだろうし、少なくとも徹底的に空中での立体機動を前面に押し出してくるアクロバティックな戦闘に定評があり爽快感が半端ない、と言われていたと記憶している。このオネエの巣でも時折今度の休みに対戦したい、などと話題に上がることがある。

 すると彼はぺっ、と吐き捨てる。


「ストーリーモードだけはクソゲーだ。序盤に加入する予定だったヒロインとラスボスの加入フラグが入れ替わったまま販売された」

「……はぁ!?」


 ありえない。デバッグ班は何をしていたのだろうか、と思いつつ、その特徴上マッチモードですらバグが多そうなのでそこまで手が回らなかったのかもしれない。

 と、つい反射的に言い返したところで我に返ったらしく、青年はこほんと咳をする。


「……ここには仕事で来てる。そっとしておいてくれ」


 そしてアレクサンダーから顔を背け、メニューを見始めた。そんな彼をアレクサンダーは半目で見る。


「仕事? こんな場末のオネエのメシ屋で? ……まさかウリか枕営」

「本気で違うからやめてくれ」


 食い気味で否定された。大人しそうな見た目に反してなかなかのツッコミ属性の持ち主のようだ。と、悪戯心が芽生えたアレクサンダーはメニューのとある部分をトントンと小突く。綺麗に整えた爪が指し示すのは日替わりメニューの文字だ。


「これ、お得よぉ。アタシ、サンタちゃんの気まぐれメニュー」

「……じゃあこれで。ちなみに辛いものは入っているか?」


 声優なら気になるか。職業意識が強いらしい。オネエはニンマリ笑う。


「今日のは辛くはないわよぉ。まぁ初めてだから奢ってあげるわ」


 数十分後に出てきたイカ墨パスタに白いパーカーを着ていた白樫殻斗は涙目だった。そして閉店後、アレクサンダーは東京スカイレイカーを買った。普通に傑作だった。ストーリーモード以外は。


◆ ◆ ◆


 それから数日おきに白樫殻斗がお忍びで店に来るようになった。日替わりメニューを食べてすぐ帰るので、本当に仕事なのだろうか、と思いつつ、オネエは彼のために嫌がらせじみた日替わりメニューを作り続けた。


「……どうしてこの店の日替わりメニューは食べるのが難しいものばかりなんだ」


 プッタネスカをクルクルし始めたものの、このままだと汚してしまうと判断したらしい、白樫は初めていつもの白パーカーを脱ぐ。流石に三連敗して学んだらしい。黒い服を着ればいいのに、と思わなくもないがきっと好みなのだろう。


「いただきます……おいしいな。少し辛いけど。今日収録がもう無くてよかった」

「……アンタって顔、整ってるわねぇ、やっぱり」


 数年前大学を卒業したとインタビューで言っていたから二十代半ば。それなのにどこか少年のような透明感のある儚げな危うい美貌。中身はただの熱血オタク声優だと分かっていても、見とれてしまう。その中でも特に印象的なのはこちらの内心までも見透かしてしまうような瞳。一度見たら目を奪われてしまう存在感。彼の裏名義に使われるわけだ。


「アンタも見た目だけなら理想の王子様だがな」

「……王子様、ね」


 かつていた世界の思い出。今なら分かる。

 彼がいた環境は幼少期から異様だった。


 ◆ ◆ ◆


 両親は傀儡だった。物心ついた頃からずっと有力貴族達の言いなりで成人したアレクサンダーに処刑されるまで結局現実逃避ばかりしている情けない人達だった。そしてアレクサンダーもまた傀儡として育つように誘導されていた。自分で考えようとしない見目がいいだけのお飾りの人形。それがアレクサンダーに求められていた役割だった。だから、傀儡にしやすいように偏った考えを聞かされてきた。

 おかしいと思えたのはある日、参加するように命じられた夜会で彼に挨拶した美しい令嬢が邪悪な笑みを浮かべてそれを指摘したからだ。


「あら……貴方、綺麗なだけのお人形さんなのね」


 十歳のアレクサンダーより年は上。そろそろ成人になるかという喪服の乙女は夜会に出席するには異様で、それなのに何故か妙にしっくりきていた。


「ぶ、無礼者!」

「そのくせプライドだけはいっちょ前……おかしいったらありゃしないわ!」


 鈴を転がすかのように笑う乙女を誰も止めない。むしろ誰も気にも留めない。それが不自然なのはすぐにアレクサンダーにも分かった。


「人形のままでいたくないのなら、学びなさい。変わりなさい。このままでは失敗するわよ」

「失敗……何を……?」


 問いかけるも彼女はその美貌に嘲笑を浮かべるだけだった。


「ではごきげんよう、人形王子」



 ◆ ◆ ◆


 あの時の喪服の乙女のことを彼以外は誰も把握していなかった。近衛達ですら。ただ、それがかえって何かの奇妙な縁のように思えて、それから彼は変わろうとした。だが、時間があまりに足りなさ過ぎて、そしてこうなった。


「こんなオネエが王子様なんて笑っちゃうわよぉ、面白いこと言うのね、小鹿ちゃん」


 この街に来てから色んな人に助けられて色んな人に嵌められて色んなことを学んで、ようやくなんとか人間になれた。もう王子になんて戻りたくない。ただの人間の荒木三太、そしてオネエのサンでいい。

 そんな思いで苦笑いを浮かべれば、こちらをじっと見ていた白樫は少しだけ意外そうに目を見開いていたが、やがてそっと照れたように目を伏せた。


「……樫木トトリ。芸名じゃなくて本名でいい。だからその小鹿ちゃんはやめてくれ」

「……やだぁ」


 この雰囲気で断るのか、とどこか唖然とした様子で白樫はオネエを二度見した。

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