天の声オネエと悪役令嬢の明るい未来改革
「これで国内でのアズリアにまつわる一連の処理が終わった訳だが……ご苦労様」
最後の書類に判を押したアレクサンダーはふぅ、と溜息をつく。その顔には色濃い疲労が滲んでいたが、確かになすべきことは終えたという達成感に満ちていた。事務作業用女官服を着たルーナはにこりと微笑む。
「ありがたきお言葉でございます。これで落ち着くといいのですが……」
あの後正式にレニアよりアズリア王女に対する沙汰が下された。魅了の魔法を使えなくするため、近日中に異世界送りになることが決まったアズリア王女は反論しなかった。あの日、自分の魅了魔法の限界を思い知らされ、自分もまたいつ反撃されるか分からない存在だと理解したことによりアズリアは心を閉ざしてしまった。何を言ってもぼんやりとした反応しか返さないアズリアを見て、カオルは何か思うところはあったようだが、一晩だけ泣いて叫んで取り乱したものの、すぐに元のように従者として世話を続けていた。彼女もまた元の世界に帰れるという一縷の望みに賭けて異世界送りに付き添うという。元より不当に制限を受けてきたこの世界に未練などなく、人生をやり直したいと言っていた。
「……難しいだろう。レニアが元通りになるまでは」
アズリアの横暴により、国自体が疲弊しきって機能しなくなっていたのだ、いくら元凶が消えたとはいえ直ぐに戻るものでもない。
「明日からは私以外は皆レニアに派遣されるのだったな」
「ええ。大丈夫です、きっちり成し遂げてきます」
そうじゃないと安心して挙式できませんから、とルーナが告げるとアレクサンダーは苦笑いを浮かべた。
今回の件を受けてアレクサンダーとの婚約は解消され、すぐさま代わりにブレイクとの婚約が結び直された。ルーナがブレイクに嫁ぐことになり、セレスティア家の面々は荒れた。可愛い娘をお前にはやらん、いえお義父様ルーナは自分が守り抜きます、などと乱闘じみたことになったが、最終的に仕事をしないことにしびれを切らして別邸から早駆けし乗り込んできたザラに軒並みねじ伏せられていた。ボコボコにされた高貴な男性陣が一介の女性使用人の前で正座をさせられる姿は見ものだった。なお、セバスチャンとガイア以外は足が痺れて立てなくなっており、鍛え方が足りないと追加で説教されていた。
「勿論、貴女達なら出来ると信頼している。でも怪我や病気だけには気をつけてほしい」
「……ふふ、不思議な気分ですね」
身を案じるアレクサンダーの言葉にルーナは思わず微笑む。ずっと前から、それこそ前世からルーナはアレクサンダーの関心を引きたかった。何をしても無駄だったのに、ちゃんと言葉を尽くして自ら動くことで、形こそ変われど、ルーナはそれを手に入れた。アレクサンダーはなんの事だか分からなかったらしく、首を傾げたがすぐに片付けを始める。
穏やかな風一つない長閑な昼下がりだった。
◆ ◆ ◆
ルーナ達の出発を見送る式典を終え、アレクサンダーは私室に戻る。と、近衛兵が厳重に守っているはずなのに、その中には三人ほどの人影があった。剣を抜き、アレクサンダーは慎重に近付いていく。暗殺者だろうか。その割には隠れようとする様子や害意を感じない。
「……誰だ?」
だから相手の様子を伺うためにあえて声をかけた。こちらは気付いているぞ、と知らしめるために。だが、彼等はそれでもなお自然体のままだった。
「ようやく来たな……ふん、ちゃんとした身なりだとそれらしく見えるものだな」
「トトリ、よく絡まれてましたもんねぇ。それにしても、本当に正統派王子様! って感じです」
揃いの制服を纏った男女。
「こらこら……ごめんなさいね? 下僕共が五月蝿くて」
何より二度と忘れられないほどの暴力的な美貌を持つ黒の乙女。いずれも知らない人達のはずなのに、何故か既視感があり、アレクサンダーは思わず一歩後退る。
「人形王子アレクサンダー・ベルフィール。貴方の人生を裁定しに来たわ。今度こそ間違わず、ルーナ・セレスティアと向き合い、未来を変え、アズリアの脅威を排除した……ねぇ、トトリ。これ、満点ではなくて?」
乙女の問いかけに二人は同意するように力強く頷く。
「然り! 故にアレクサンダー王子に救いを!」
「頑張ったやつは報われるべき、お嬢様、自身のモットーに反するつもりか?」
ジリジリと近付いてくる三人。アレクサンダーは剣を取り落とす。それどころか体が意に反して勝手に跪いていた。まるで沙汰を待つ罪人が如く。乙女の白い手がアレクサンダーの額づけられた頭に触れる。
「そうよね、そうよねぇ……では、貴方に対する褒美を与えましょう。【真実を思い出しなさい】」
◆ ◆ ◆
一年が経った。
レニアの復興はまだ半ばだが、既にルーナ達が不要な段階まで達した。そのため式を挙げるため、ルーナ達は帰路を急いでいた。
「それにしても私達がいない間にだいぶこの国も……いえ、やっぱり急に発展しすぎてません? いくら王都でもここまですごく無かったような気がします」
リズが舗装された街道と整った街並みを何度も見比べている。確かに一年前よりずっと早いペースで移動できるようになっているように思えた。そのせいか商人達の行き交いが増えている。活気溢れる様子にルーナ達は目を白黒させていた。と、ブレイクとガイアの姿が見えない。奇襲への護衛を兼ねているガイアが存在感を希釈しているのはよくある光景だが、真面目なブレイクまで、となると珍しい。どこに行ったのだろう、と思っていると、小さな花束を手にしたブレイクが走ってくるのが見えた。
「すまない、これを買っていた」
そして、その中から一本赤い花を抜いてルーナの髪に挿す。控えめながらも存在感のある花はよくルーナに似合っていた。
「……可憐だ」
「ふふ、ありがとうございます」
この一年でブレイクとの仲はだいぶ深まった。普段は互いに穏やかな性格ということもあり、どこかほのぼのとしたやりとりはいつも周囲の者をほっこりとさせている。一方、ミアとガイアの従者コンビは丁々発止のやりとりでこちらはこちらで賑やかである。
「それにしても近付いてきたのに殿下からの通信がないのは意外ですね」
「確かに。殿下なら嬉々として通信してきそうな気がするのに」
「何かあったのでしょ……止めて!」
ミアがうーんと首を傾げていると、ルーナは不意に視界に映った人影を見て、思わず声を上げる。旅装が故に身軽なワンピース姿の彼女は止まった場所からひらりと降りる。
「すぐ合流しますっ、少しだけお待ちを! 捕まえないといけない人がいるので!」
他の者の制止も待たずに走り出す。その人影は彼女を誘うかのように裏路地へと消えていく。
「お待ちください! ネロ様!」
どうして彼女がこんな場所にいるのか。
「私はっ! 未来を! 変えられたでしょうか!?」
まさか世界を滅ぼすためでは。
と、角を曲がった所で現れた人物にルーナは息を飲む。その人物は驚いたように目を見開き、そして普段はしないような不敵な笑みを浮かべた。
「未来を変えられたか、ですって? 驚きなさい、子兎ちゃん。アタシ達、あの小娘曰く、百点満点らしいわよぉ。当然ねっ、アタシ達、うんと頑張ったもん」
まだ、酒焼けてない声。それもそうだろう。異世界送りになっていないのだから。だが、その親しみやすい響きはどこまでも懐かしく。
「なによ、その顔。どうして王太子がそんなラフな姿でお忍びしてるの? って顔? 前世みたいなオネエ言葉に驚いた? 大丈夫、これはプライベートの時だけだから。だって、アタシこれでも王太子だし? それとも」
またアタシに会えて嬉しいって顔かしら、と言い終わる前に、ルーナはアレクサンダーに飛びついた。
これにて天の声オネエと悪役令嬢の明るい未来改革、完結です!約半年間お付き合いくださりありがとうございました!
不定期になりますが番外編など書いて行ければと思います。




