序
どうして忘れていたんだろう。
一回目の人生のことが脳裏に浮かんでは消えていく。
◆ ◆ ◆
王太子教育の一環として押し付けられる仕事に忙殺されているうちに自分の周りに味方はいなくなっていた。
侯爵家の娘として王太子の婚約者として相応しくあれ、といつからか家族からも離され、王宮に閉じ込められて教育される日々が続いてもう何年だろうか。
「悪役令嬢が来たぞ!」
「ついこの前もアズリア殿下やミアを虐めたらしいぞ」
この耳に届くのは放つ口を変えただけの、似たようなありもしない悪口だけ。虐めるような時間があったら寝ている。それほど常に仕事に追われているのだから。グラグラする頭でただ生きているだけ。楽しいことも嬉しいことも何も無い。いつしかそんな自分をどこか別のところから見ているような錯覚。
「ルーナ様、先日の仮面舞踏会に参加されててやりたい放題だったそうよ」
「私の使用人はこの前、ルーナ様がスラムに向かうのを見たと。本当にどうしてそんな女が殿下の婚約者なのかしら」
お出かけなんてもうずっとしていない。王宮と学園だけ。屋敷に戻れても週にたった数時間。
「殿下は婚約破棄を検討されているようだ」
「当然だろう。あんな女よりアズリア様の方がずっと国益に繋がるーーなんだ、ブレイク!? いきなり殴りかかってくるなよっ」
それなのに。
ある日執務室に王太子の私兵が押し入ってきた。そして訳も分からないまま何度も何度も殴られて拘束された。そのままに執務のために不参加で回答していた卒業パーティーに無理やり引きずり出されて身に覚えのない罪で断罪された。理性的に考えれば、四六時中逃げ出さないようにと監視がついている私がそんなこと出来るはずないのに。
「陛下っ、娘がそんなことをできるはずがございません! 何卒、何卒再度お調べをっ!」
久しぶりに顔をちゃんと見た父が嘆願するのが見える。
「目撃されているのが証拠……!? そんなもの、僕のデコイみたいに何とでもできるのに、それを証拠と申されるのですか!?」
兄が異議を唱えて引き立てられていく。
そんな姿を私は虚ろな目で見ていることしか出来なかった。二人に会える最期の機会だと分かっていれば、後悔なんてしないように動いていただろうに。
それから私は罪人として地下牢に押し込められた。そして様々な虐待を受けた。精神的肉体的にも追い詰められ、いっそ早く全てを終わらせたいと思った。
「平民ルーナ。貴様は王太子殿下の元婚約者にありながら嫉妬と欲望のままに数々の犯罪行為に手を染めた。その中でも王太子殿下および男爵令嬢ミア・ベネットの殺害未遂により極刑に処す。さぁ、断頭台に頭をのせよ」
いつもと違う鐘の音が聞こえる。眼下には狂乱している民衆。そこに知っている顔は無い。
父も兄も私を守るため陛下に異議を唱え処刑された、とザラザラとした壁に顔を力づくで擦り付けられながら聞かされた。埋葬されることなく、首は晒され、残りは川に投げ捨てられた、と泣き叫ぶ舌を焼き潰されながら聞かされた。
そんな日々を過ごしてきた私に最早生きる気力などない。ただ早く全てが終わって欲しいと、それだけが脳を占めていく。
殿下、どうしてこんな悪逆を許したのですか。私が生きているだけで罪とでもいうのですか。こんな風に無意味に苦しむだけなら、いっそ異世界送りにしてくれればよかったのに。私は何故ここまで尊厳を根こそぎ奪われなくてはならなかったのですか。けれど舌を失った口は何の言葉も紡げずにただ濁った雑音を放つだけ。
断頭台の上で刃が落ちてくるのを待つ。なかなか死ねない絞首刑よりかは辛くないらしいけれど、やっぱり痛いんだろうな。
神よ、どうしてこんなことに。何も悪いことなんてしていないのに。
「ええ、そうね。だから私は招きましょう。罪なき者よ、黄昏に至りなさい」
落ちる刃のすぐ傍、死の刹那に私は彼女と出会った。




