悪役令嬢ムーヴがサマになるわねぇ
翌日。
「おはようございます、お嬢様」
世話係として朝の支度をしに来たのは何故かツヤツヤとしているガイアだった。眼鏡をしていないからだろうか、と思ったがえらく上機嫌だ。
「……セバスチャンは?」
「トレイ様のお世話をしております。ああ見えてかなり疲弊していたようなので……と、いうことに、しておいてやってください。間違ってもサイモン様のお説教に巻き込まれてるなんてことはありませんよ」
欠伸をしながら髪を梳かれる。兄はどうやら夜通し絞られているようだ。昨日帰ってきてから即座に執務室に監禁されていたから間違いない。セバスチャン可哀想に、と思いながらルーナが伸びをしていると、ガイアが何か考え込む。
「今日の髪型どうなさいますか?」
「そうですね……久しぶりに縦ロールにしようかしら」
〈モーニング、子兎ちゃん。ん?今日は縦ロールなの?〉
今起きたらしいオネエの声はまだフワフワしている。ルーナは微笑む。
「縦ロール、ですか」
「だって王女様とやり合うんですもの。可憐なお姫様を虐める悪役令嬢になってさしあげますわ」
少なくともアレクサンダーやブレイクは味方なのだ。もう何も怖くない。するとオネエは呆れたように溜息をついた。
〈どうしてこんなに好戦的になっちゃったのかしらねぇ……アタシが思ってたルーナ・セレスティアと本当に別人よ最早〉
◆ ◆ ◆
学校につき馬車を降りると早速敵対的な視線の数々が突き刺さる。他のクラスの生徒までついに波及し始めているようだ。早く手を打った方がいいが、そこはアレクサンダーが自分に任せろ、と言っていた。
「あら、皆様、雁首揃えて御機嫌よう」
〈悪役令嬢ムーヴがサマになるわねぇ〉
舐められないようにと目力を入れすぎたせいか、魅了にかかりきっていない生徒の中には恐れをなしたように逃げていく者もいる。ルーナは微笑みながら教室に向かおうとし、立ち塞がるアズリアの姿に気付いた。アズリアはルーナを見た途端、嘘泣きをしようとしているのか、すぐに顔をくしゃりと歪めた。そして守れ、と言わんばかりに従者の少女に縋り付く。少女もまた困ったように眉を下げていた。
「ひっ……」
「あらあら、怯えなくてもよろしいのですよ? 取って食うわけでもございませんし。アズリア殿下、御機嫌よう」
最低限の礼は尽くすが親しくはしない。その証拠にルーナはその目に一切の感情をのせなかった。笑みも形だけのもの。
「そういえば……ミアさんは今日は御一緒ではないのですね?」
「あの子は、貴女が怖いと、言ってましたわ!」
素直に疑問を口にしただけなのにそれを好機ととったのか、アズリアは大きな声で叫ぶ。
「可哀想に! 身分差ゆえ逆らえないのをいいことに召使いのように扱き使うなんて……! ミアさんを虐めるのはおよしになって……!」
「ーーえっ、それ、私のことですか?」
背後から聞こえてきた声にルーナは思わず目を見開く。態とらしく非難するアズリアのことなど、最早どうでもよかった。
「ルーナ様、おはようございますっ! じゃなくて御機嫌よう! 貴女の親友、ミア・ベネットです!」
振り返った先にいた明朗快活な正義の味方はいつも通りの様子でルーナに笑いかけていた。アズリアはそんな彼女を見て、幽霊でも見たかのように震え上がる。
「なっ、なんで……」
「あっ、アズリア殿下にはお話してませんでしたね! 昨日、なんかずーっと体とか脳が重い気がしたので、えいっ、って治癒魔法かけ続けてたんです!」
そうしたら今日は絶好調です、と肩を回す様子は普段の彼女そのものだ。と、不意に何か思い出したかのように彼女は考え込む。
「本当に卑劣ですよねぇ。ルーナ様の机に生ゴミぶちまけたりする人とか性根も腐ってますよね」
〈……さりげなく毒吐いてるわ。というか、その口ぶり、まさか昨日もずっと正気だったんじゃない〉
あれはルーナのことを非難していたわけではなかったのだ。ルーナは込み上げてくる感情に目元を抑える。我慢しないと涙が出そうだった。ミアはルーナの隣に立ち、さりげなく腕を絡める。
「ルーナ様ほど身分に関わらず公平に接してくださる方なんてそうそういないのに!」
〈……いいお友達に恵まれたわね、子兎ちゃん〉
旗印が悪くなってきたと悟ったらしいアズリアは、無駄な抵抗はするつもりはないようで、悔しそうな顔をしてすぐに立ち去る。その後ろ姿に舌を出したミアはルーナ、そしてその横に控えるガイアを見る。
「という訳で情報盗んできました。ガイアさんが寂しがるので一日だけでしたが。あの王女様、魅了でゴリ押してきたから腹芸下手です」
〈……た、逞しいわね、ミア・ベネット〉
だが、オネエの声には安堵が滲んでいた。




