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正気に戻るまで強制紐無しバンジーエンドレス

 放課後。

 長居は良くない、と判断したルーナはいつもの自習を止め、足早に馬車に乗り込む。ガイアが傍にいない状況では何をされてもおかしくないからだ。それほど無法状態になりつつあるのをこの数時間でルーナは実感していた。


「お嬢様、何かありましたね。顔色が悪いですぞ。それに……あの愚息の気配がしませぬが。何より……学園を囲むように、嫌な気配がいたします」

〈えっ、嘘ぉ、分かるのぉ? 本当にデタラメな執事ねぇ〉


 迎えに来たセバスチャンの表情が曇る。達人である彼は可視化できない魔力も察知できるらしい。


「帰宅後、すぐに父や兄と会わせてください。緊急です」

「……申し訳ありません。お嬢様、この馬車は残念ながら屋敷には向かいません」


 セバスチャンが申し訳なさそうに唇を噛み締める。


「え?」

「アレクサンダー殿下より緊急招集がかかりました」



◆ ◆ ◆


 王宮に着くや否や彼女が通されたのはアレクサンダーの執務室だった。婚約者として疎遠にされていたためあまり入ったことがないそこは膨大な歴史書が積まれていた。そのせいか、どこか湿気ったような匂いが充満している。


〈……こんな執務室見たことないんだけど、これ、どういうことよ〉

「ルーナ、その様子だと無事だったか!」


 その一つを捲っていたアレクサンダーが安堵したように顔を上げる。見れば近くでブレイクも同様に歴史書を読んでいた。


「殿下、これは一体……」

「あの女狐第二王女のせいだ……」

〈あら、随分な言いようねぇ……あの女なんて性根ド腐れアマでいいと思うわぁ〉


 より罵倒の色を強めるオネエにルーナは思わず苦笑いを浮かべる。これは既に学園に来る前に何かあったか。


「あの女のせいで王宮中が滅茶苦茶だ。あの女を一目見てから、急にレニアの属国になろうなんて言い出す馬鹿まで出始めている」

「とはいえ殿下も危なかったですよね……完全にあの女に狙われてましたもん。結婚相手兼アクセサリーとして」


 一応相手は王族だというのに敬意の一欠片も見せずブレイクが溜息をつく。どうやら思い出したくもないらしくその顔は荒んでいる。


「……ガイアがあの王女か従者のいずれかが強力な魅了の魔法を使っていると言ってました。よく殿下はターゲットにされて無事でしたね」

〈あ、それは気になったかも。アンタ、子兎ちゃんと違って防御系の魔法は使えないでしょ?〉


 すると二人の手が止まる。そして座っているのに遠くからでもわかるほどガタガタと震え始めた。


「こわい、もうそらとびたくない、にんげんそらとぶ、よくない」

「おそらきれい」

〈え、本当に何があったのよ〉


 虚ろな目でブツブツ呟き始めるアレクサンダーとブレイクだったが、すぐに引いているオネエの言葉で我に返ったのか、こほんと咳払いをした。


「……正気は確かに失いかけた。が、それに気付いたトレイが近くにいた私とブレイクを引っ掴んで、その尖塔から、なんども、とび、おり」

「殿下っ、ブレイク様、誠に申し訳ありませんっ!!」


 何してくれているのだ、あの問題児は。兄の破天荒な凶行に血の気が引くのが分かる。その時の恐怖を思い出したのか、言葉が途切れ途切れになっていくアレクサンダーは見るも痛々しい。よく見ればかなりの恐怖だったのか見事な金髪に見覚えのない白い毛が所々現れていた。


〈正気に戻るまで強制紐無しバンジーエンドレス……いや、兄兎ちゃん、率直に言って頭おかしいんじゃない……?〉


 アレクサンダーに辛辣なオネエですら、彼の味方をせざるをえないほどにありえない。と、ルーナは気付く。そんな大惨事を引き起こしたトレイは今何処にいるのだろうか。


「殿下、愚兄はどこにおりますか」

「……独房。アズリア王女の傀儡に現場を見られてて不敬罪としてぶち込まれた。尋問官を片っ端からぶちのめしたから今は放置されている。拷問はさせないように私からも手は回しているが」


 ルーナは顔を覆って天を仰ぐ。そんな気はしていた。

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