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そいつはやめておきなさい

 医務室へいっておいで、とさりげなくゾイドに手渡されたひざ掛けに首を傾げながらルーナは廊下に出る。


「……どうしてひざ掛け?」

〈子兎ちゃん、案外鈍感ねぇ……そういうことよ……くぅ、陰険メガネのくせに紳士じゃない……さり気ない気遣い、それだけなら百点満点なのにぃ……ま、今回は的外れだったけど!〉


 はぁ、とサンが溜息をつくのが分かる。相変わらずルーナには何のことだか分からなかった。


「それにしても……殿下は、振り返ってもくれませんでしたね」


 仮にも婚約者が体調不良で教室を出たというのに、一瞥すらしなかった。それに気付いたルーナの心中は惨憺たるものだった。長年婚約者として一緒にいたのに彼からすればどうでもいい存在なのだと暗に示されてるような気がした。


「本当に、嫌われているのですね……少しだけ、悲しくなってきましたわ」

〈……あの糞野郎、絶対潰す〉


 涙腺をじわりと濡らした涙はドスの効いたサンの声で一瞬で引っ込んだ。


〈その上でケツの穴に手ぇ突っ込んでガタガタ言わせてやるわ……出来るわよ、アタシでもできるんだもの……子兎ちゃんを泣かすなんて許さねぇ……あのスカしピーマン野郎、処す〉

「あ、あの……オネエサン……?」


 朗らかなオネエはそこにいなかった。そこにいるのは殺気に満ち溢れた最恐のオネエだった。オネエがどんな姿かは知らないだが、きっと今とても怖い顔しているだろうということは察せられた。


〈まーだ若いからって甘く見てたわ。あいつ、やっぱり糞野郎よ。子兎ちゃん!〉

「はひっ」


 突然話を振られて動揺するルーナにも今のサンは容赦がない。


〈絶対! 絶対あの糞野郎とくっついちゃダメよぉ! 夫婦の離婚理由一位を踏み抜くお馬鹿さんなんてあんたみたいないい子が選んであげる資格なんてないわっ!〉

「で、でも」

〈あのピーマン以外にも男は沢山いるの! ましてや子兎ちゃんはこぉんなに可愛いんだもの! 選り取りみどりの選びたい放題よ!〉


 頑張って婚約破棄しましょうね、と圧がかかる。ルーナは止まらない暴走機関車オネエに対し、思考を放棄した。と、たまたま近くに通り過ぎる他の男子生徒の姿を見つける。


「あら、ジーク・ロニア様ですわ。珍しいこと」


 学園内でもトップクラスの天才と名高い生徒だ。ルーナより歳下だが、既に数々の論文を発表し将来は王宮召抱えが決まっているという。彼でもいいのかしら、と思っていると、我に返ったらしいサンがげっそりとした声を出す。


〈子兎ちゃん、悪いことは言わないわ。そいつはやめておきなさい。赤ちゃんプレイ好きのマザコンよぉ〉


◇ ◇ ◇


 体調が悪い訳では無いが一応体調不良という体で授業を抜け出してきたのでルーナは医務室に来た。それに赤ちゃんプレイやマザコンとは何かをサンに聞いて胃もたれしたということもある。やぶ蛇だった。


「オネエサンが、百戦錬磨すぎますわ……」

〈まぁ、シンジュクで暮らし始めてからそりゃ何でもやってきたもの……あっ、汚れちまった悲しみに泣けてきたわーっ!〉


 そうよ今のアタシはヨゴレ系、と叫ぶ野太い声が脳裏に響く。辛い。以前サンは美しすぎるオネエなどと自称していたが、汚れているのか美しいのか今のルーナにはよく分からなくなってきていた。医師に声をかけ、寝台に横になる。顔が青ざめていたせいで本当の体調不良だと思ってくれたらしくすんなりと案内された。

 サンの声が聞こえるようになってから、色々なことが一度に起きている、と疲労感に目を閉じる。すると、脳内で優しい、ハスキーな声の子守唄が聞こえた。昔子供の頃よく聞かされたこの辺りの子守唄だ。サンもこの辺りの出身なのか、と思いながら、ルーナは眠りに落ちた。

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