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アンタ、今泣きそうな顔してるわよ

「本日よりこの学園に編入しましたアズリア・レニアと申します」


 快い、そうとしか表現出来ない澄んだ声で自己紹介をするのは、レニア王国の第二王女。華奢で頭から爪先まで全体の色素が薄く、儚い印象を受ける。その後ろには使用人だろうか、同じ年頃の黒髪の少女が付き従っていた。


「不束者ですがどうぞよしなに」


 男子生徒だけでなく女子達もその慈愛に満ちた微笑みに魅了されたのか、歓声が上がる。だが、ルーナは何故か気持ち悪いものを感じてもぞもぞしていた。


〈どうしたの子兎ちゃん〉


 ガイアの編入から数週間後。

 ようやくこの国に到着したという彼女が教室に入ってきてから、護身のためにいつも全身を膜のように覆っている魔力に変な抵抗が出ている。つまり何者かが霧のように魔力を広げている。そう、誰にも気付かれないように。アレクサンダーやブレイクはどうしているだろうか、と思い探すが今日は執務で休みらしく、二人とも不在だった。


〈あれ、あの女、ずっと子兎ちゃんを見てるわ。熱視線っていうには不穏な感じ?〉


 オネエの言葉に全身のもぞもぞ感を堪えてルーナは顔を上げる。零れ落ちそうな程に幼さが目立つ大きな黒い瞳は感情が分かりにくいものの、確かにルーナを観察していた。と、あちらもルーナの視線に気付いたのだろう。わざとらしく視線を逸らし、今度は隣の席のガイアを凝視し始める。


〈なんというか典型的な日本人顔ねぇ。あの女、ひょっとしたら異世界人かも〉


 思わず声を上げそうになる。もし、それが本当ならレニア王国を襲った大災厄はあの少女が原因ということになる。だが、それを隣の王女様は知っているのだろうか。

 美しい妖精姫を前にルーナは込み上げてくる吐き気を堪えながら黙って思考を巡らせるしかなかった。


◆ ◆ ◆


 休み時間になるとアズリアに生徒達が殺到した。その頃には気分が悪くなり始めていたルーナは静かに教室を出る。人混みでますます体調を崩しそうな気がしたからだ。それはガイアも同じだったらしい。だが、彼はルーナの想像に反し、もっと剣呑な表情を浮かべていた。


「ガイア、どうしました?」

「……その様子だとお嬢様は免れたか。お嬢様まで毒されてたら父さんと母さんに天誅されてた」


 廊下にまで歓声が聞こえてくる。それすらもガイアは嫌悪に満ちた様子で顔を歪めた。


「あの姫さんか従者、どっちかがかなり強めの魅了持ち。というかあそこまでいくと最早洗脳とか傀儡。嫌だねぇ。人様の国で好き勝手しやがって」


 実際ルーナの不調を心配して追いかけてきそうなミアやリズも教室から出てこない。それが少し寂しくなってルーナは唇を噛み締める。


「本気出せば俺の魔貌で奪い返せると思うけどどうする? こっちはあっちと違って女神産だから勝てるはず。ちょっと人格狂うけど」

「……いえ、何もしなくていいですわ。無自覚かもしれませんし」


 結局彼女の元に残ったのは声しか知らないオネエと未来から自分を殺しに来たガイアだけか。本当に人望がないな、とルーナは自嘲する。


〈子兎ちゃん……本当に、本当にいいの?〉

「いいのです。私の周りに人がいないなど、昔と一緒。元通りになっただけ」

〈……そう。でも、オネエが老婆心。アンタ、今泣きそうな顔してるわよ〉


 アレクサンダーからまだ信用されていないガイアにはオネエの言葉は聞こえていない。でも彼もまた心配そうに彼女の様子を伺っていた。

 まだ一人ぼっちじゃない。それだけで少しだけ、報われるような気がした。


◆ ◆ ◆


「あら……それは恐ろしいですわね」


 怯えたように呟く少女。


「か弱い私など、あのような苛烈な御方に虐められたらひとたまりもありませんわ」


 少女は目に涙を湛え、苦しげに呟く。それでも堪えきれなかったのか、一筋の線が頬を濡らした。それが計算だと気付けるほど正気の残った者は最早この場にはいなかった。

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