それもまた一つの手段ね
月末の〆業務がなかなか終わりません。
「まず謝りたい。申し訳ございませんでした」
自力で天井から抜け出した誘拐犯の青年は懐に隠してあった眼鏡をかけ三人に頭を下げた。ちなみにルーナ達の頭の中にあるのはさっきの天井から抜け出す時の動き、人体構造無視してて気持ち悪い、という辛辣な感想だけだった。そのレベルでないとあの軽業じみた動きはできないのであろうが。
「俺はガイア。父の言葉で既にご存知かもしれませんがセバスチャンとザラの長子で、この別邸にて庭師を務めさせていただいております。この件は俺の独断なので両親にはご慈悲賜りますようお願いいたします」
だがそんな四人の心中を知ってか知らずか、ガイアは落ち着いた様子で続ける。
「先日の茶会での会話をお伺いする限り、皆様は未来を変えようとなされているとか。それならば俺をお使いください」
「……使うとは?」
主人の話を盗み聞きして勝手に行動したとは使用人の風上にもおけない。とはいえそれを今咎めても意味が無いのでルーナは静かに問いかけた。するとガイアは一瞬セバスチャンとザラの方を見た後、声を限界まで落とした。
「俺はお嬢様達が変えようとしている未来から戻ってきたんです」
会話内容を読まれるのを避けたいのか、唇さえ動かさず彼はそう告げた。
〈な……なんですって……!?〉
「俺は未来で殿下を暗殺しようとして失敗し、罰としてとある貴族に奴隷として引き渡されました。まぁ、それ、潜入してた同志だったんですけどね」
〈えっ、まっ、あいつ、裏切ってたの!? だから変なタイミングで革命軍が押しかけてきたのねっ〉
ルーナは眉を顰める。どうやらオネエは今の発言からすると体制側の人間だったようだ。そうなれば国が荒れるのを止められなかったというわけで。
「お嬢様? やはり……信じられませんか」
「い、いえ、そうではなく……続けてくださいませ」
黙り込んだルーナはガイアに与太話扱いをしていると誤解されたらしい。この悪人顔のせいか、と自らの顔を恨みたくなる。ガイアは少しだけ迷ったように考え込み、そして口を開いた。
「このままだとこの国は滅ぼされる。アレクサンダーが異世界送りになったとしても全ては遅すぎるのです」
荒れた治世で国を建て直せるような者の多くが殺された。残された智者だけでは疲弊しきっていることもあり、全土をカバーするのは到底困難だ。それほどの粛清の嵐だったのだ、とガイアはくしゃりと顔を歪める。
「革命軍はそれだけの体力は残してませんでした」
〈……そうね、アレクサンダーを処刑した場にいた革命軍は既に満身創痍だったわ。それこそ勝者のはずなのにいつ死んでもおかしくないぐらいね〉
しみじみとしたオネエの言葉は嘘ではなかった。ルーナは胸の前で拳を握り締める。
「だからそもそもの根を断つしかないと我々は最終手段をとることにしました。過去に暗殺者を送り込み、関係者を影響が出る前に抹殺する……それが俺の使命です」
〈……それもまた一つの手段ね。まだ起きてもないことで殺される側はたまったものではないでしょうけれど〉
そのためにまずミア・ベネットがアレクサンダーの側妃にならないように早期に始末するつもりでした、と続けたガイアだが、言いかけている途中でミアのビンタが炸裂した。非力な令嬢のそれはあくまでガイアからすれば大して痛くもないはずだ。それなのに、彼は驚いたように目を見開く。ふぅふぅと荒い息を整えようとするミアは痛めた手首に治癒魔法をかけながら、ガイアを睨みつけた。
「気に食わない……すぐに人を殺して解決しようとするなっ!」
敬語すらも捨てて叫ぶミア。貴族令嬢とは思えないほど怒り狂っている。だがその真っ直ぐさにルーナは思わず見とれた。
「人一人を死の淵から蘇らすのにどれだけの時間と医師が必要になると思う? それでもどれだけの取りこぼしが出ると思う? あんたのやってることは医師や治癒魔法使いへの愚弄だ!」
だからこそ、ルーナも立ち上がる。
「ガイア、未来を変えるためと犠牲を生むのは私は許容できませんわ。そんなの、貴方がいた未来と変わらないではないですか。だからこそ、私は言葉を尽くし心を通わせて明るい未来へと変えたい」
幸い自分にはガイア同様未来を知る頼もしいオネエがついている。ルーナは大人しく負けるつもりはなかった。




