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そう、究極の空気よぉ!

 ガイア。

 その男は国王アレクサンダーの治世末期にて暗躍する。

 暗殺者セバスチャンの思想に影響を受けたとされるその青年はやはり沢山の政府関係者を暗殺した。その数たった半年で三十人。

 彼の脅威は衆人環境下での暗殺を行うこと。式典で、会議で、舞踏会で。彼のターゲットになった者はどんなに堅牢な守りを敷いていたとしてももれなく生首になった。

 だが、彼の最後のターゲット、アレクサンダーは生き残った。彼の世話にしていた者が裏切ったのだ。それは彼の母であった。我が子がお国のためにと暗殺を繰り返すのは辛うじて見過ごせた。しかし、彼女は流石に国王を息子が殺すのは許せなかった。

 哀れ、暗殺者ガイアは捕らえられ処刑台の上に立つ。我が子を売った母は告発状を送ったその帰り道で自害した。唯一の家族を失い絶望した暗殺者の面を剥ぐ処刑人。その素顔を見て、民衆は驚く。

 絶世の美男子がそこにいた。老若男女誰もが見とれざるを得ないほどの甘く優しい顔立ちの青年を見て、その死を惜しんだ。そして処刑人もまたこの場での彼の処刑を思い留まった。その美貌から彼の死後、神聖視され信者が生まれることを危惧したからだ。絞首刑による死体の醜さはかえってその美を悲劇へと変えてしまうと考えたのだ。処刑台から降ろされた彼はどこかへと連れていかれて。


〈かくして、暗殺者ガイアの生死は誰も知らず……ってね。実際はその時には唯一残った母も死んで生きる気力を失っていた、ということよ。その真相は密かに賄賂として変態貴族に売り払われて衰弱死ね〉

「惨いですわ……」


 暗殺を肯定する訳では無いがそれが罷り通ってしまうほどに荒れた治世だったのだ、と改めてルーナは冷水を浴びせられた気分になる。聞いていたリズも顔が青い。


〈とりあえずあったことをセバスチャンとザラに共有なさいな。あっ、アタシのことは伏せるのよ〉

「セバスチャンなら確かにあの暗殺者なる男とやり合えるかもしれませんわね……!」


 貴族令嬢であるルーナ達では手も足も出なかった。だが、護衛を務めることもあるセバスチャンならきっと。そんな期待を込めてルーナが拳を握るとオネエはぷっと噴き出した。


〈違うわよぉ。暗殺者ガイアはあの天誅男の息子だからよ〉

「……はい?」

〈だから、アレ、セバスチャンの息子。で、もってこの別邸の庭師見習い兼警護。ここに来てからも何回かすれ違ってるわよ〉


 沈黙が広がる。


〈というか今日に至っては日課のお茶会をしてるアンタ達の傍で剪定してたわよ。暗殺者ガイアの魔法は認識阻害。そこにいるのにいないって思わせるやつね。そう、究極の空気よぉ!〉

「お待ちください。色々……色々と言いたいことはあるのですが……」


 なんだろう、その正体を知ってしまうと一気に危機感が失せていく。リズも同様らしく微妙な表情を浮かべた。


「セレスティア家の古株の使用人、普通の人間はおりませんの?」

〈……いないんじゃない? 普通なら辞めてると思うわ〉


 身内すぎて気付かなかった異常さ。ルーナは天を仰いだ。


◆ ◆ ◆


「あっ、お目覚め?」


 まず耳に入ったのは軽薄な甘い声だった。ミアは気絶したふりを続けて薄目で周囲の様子を伺う。どこかの小屋の中、干している薬草の匂いが充満している。そして。


「とっくに起きてるよね。誤魔化されないよ」


 慎重なミアに痺れを切らしたのか、その人物はミアの頬を両手で支え、強制的に正面を見させる。突然視界を覆った誘拐犯の顔面に思わずミアは目を見開き呻いた。


「うわっ……目にうるさ……」

「えっ、ちょっと待って、その反応は予想外だった」


 暴力的なまでの美に対してのミアの暴言に誘拐犯の青年は呆気に取られた表情を浮かべる。


「普通、きゃー、とか悲鳴あげない? というか俺の顔見た人って大体理性を失うんだけど。呪いじみてるからこの顔」

「はぁ? 多少顔がいいだけで自惚れてませんか? いちいち美醜を気にしていたら治療にならないでしょう。というか貴方誘拐犯ですよね? 誘拐犯に惚れるわけないじゃないですか」


 その考えが気に食わないと容赦なく一蹴された誘拐犯は本格的に固まる。そして何かに思い当たったのか、彼はやれやれと首を振った。


「そういうことか……やはり、あれはミア・ベネットではない。前提を誤っていたか……!」

「……あの、お医者さん必要ですか?」


 本気で目の前の青年の頭が心配になってきたミアは思わずそう呟く。だが返事は無いので仕方なく誘拐犯を観察することにした。

 まず年頃は自分と同じぐらい。離れていても五歳差よりは少ないだろう。そしてそのうねりのある艶やかな黒髪、そして涼し気な目元はどこか見覚えがある。


「……あっ」


 気付いてしまったミアは目を見開く。彼女がここに来てからよく接しているセレスティア家の使用人二人の顔面のいいところだけを集めたら彼になる。一方驚いたミアの声に一人思案に暮れていた青年は眉を顰める。


「なに、ミア・ベネット」

「あの、セバスチャンさんとザラさんに殺されませんか? こんなことをして」


 少なくともあの辣腕メイドは容赦が無さそうだ。夫であるセバスチャンですら吹っ飛ばされているのだから。ミアの問いかけに青年は黙り込む。


「……死ぬかも」

「……骨は拾って差し上げ」


 その瞬間。

 青年は壁を破壊して突撃してきた何かによって天井へと吹っ飛ばされて行った。

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