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アタシが救いたいのはあの子だけ

久しぶりの部署異動で死んでいる社畜です。

 馬車を走らせる。目指すはサンに教えられたとある辺境の基地だ。


「殿下、ところであの男の正体は一体……」


 好きな乙女に囁きかける姿なき人物が気にかかるらしい、ブレイクはアレクサンダーに付き従いながらも表情を曇らせていた。もっともなんとなくあの声の正体が分かったアレクサンダーからすればその心配は杞憂なのだが、彼のためにあえて口を開く。


「あの男がルーナに愛を囁くことは無い。万が一でもな。だってあの男の名は」

〈お黙りなさい。あーまったく、女子会中なのに野郎側は辛気臭いったらたまんないわぁ! 蚊取り線香で駆除できないかしらっ〉


 アレクサンダーを制止するように脳内に響く声は先程ルーナの前で聞いたそれよりだいぶ機嫌が悪かった。かかった、とアレクサンダーは内心ほくそ笑む。


「そんなに名前を知られたくないのか? オネエサン」

〈おえっ、アンタにそう呼ばれると腹立つわねぇ……とはいえ、その通りよ。アタシはあの子に好いてもらう価値なんてないのだから〉


 嫌悪感を隠しもせずサンはアレクサンダーの言葉を肯定する。それがどこか自嘲混じりに思えたのはブレイクの気のせいだろうか。


〈正直あの子にアタシの声が届いたのですら誤算だったのよ。どの面下げてあの子の味方気取りなのかしら、って。でもこの好機、アタシは逃すつもりは無い〉


 だから邪魔しないで、と凄む声には覚悟が滲み出ていた。ブレイクは息を飲む。彼の背景にあるものを先程その存在を認知したばかりの自分は知らない。だが、その覚悟の前に立ち塞がろうとすれば只事ではすまない、と気圧されたのだ。


〈アタシが救いたいのはあの子だけ。悪いけどアンタ達があの子の幸せの支障になるなら容赦はしないわ。破滅に導いてあげる〉

「ふぅん、逆に言えばルーナのために動く限りは味方か。それさえ分かれば今はいい」


 一方アレクサンダーは飄々としていた。


「破滅に導く? 私を見くびるな。少なくとも私は人形でいるつもりはない。未来は自分で切り開く」

〈……本っ当にアンタムカつくわねぇ! もういいわぁ、女子会に戻ってやるっ〉


 オネエの声が聞こえなくなる。完全に沈黙に戻った馬車の中でアレクサンダーはふぅ、と息を吐く。よく見ればその額には汗をかいていた。


「なんだあれ……混線無しでの同時接続の思念通話? デタラメにもほどがある」

「殿下?」


 サンを煙にまいていたように見えていたアレクサンダーだが、その実、ぼろを出さないようにと虚勢を張っていただけにすぎないようだ。


「ブレイク、私は剣術指導のトレイが苦手だ。容赦がないからな」

「トレイ・セレスティア殿ですか……あれほどの御仁は他にいませんからね」


 だが、何故彼の名が突然出てきたのだろうか。ブレイクは首を傾げる。


「あの巫山戯たオネエはその類だ。あんな口調だが、何気なく使ってる魔法は同格……今の私ではあれほどの精密で繊細な魔法は使えない。せいぜい遠隔なら対象一人にようやく一方的に声を届けられるか、ってところだ」


 少なくとも通信先の相手の声を聞き、会話するなんて高度な芸当は難しいだろう。アレクサンダーの解説で、いまいちあの声の主の凄さが分かっていなかったブレイクも正確に相手の力量を認識する。そして自然と体が震えていた。その底の知れなさにだ。そんな彼をアレクサンダーはじっと見据えた。それは彼を試すかのようで。


「……ブレイク、もし、もし私が道を誤ったらあの男の力を借りて、必ず私を討て。彼女を二度も失意の中死なせてたまるものか」

「……よろしいのですか?」


 今、アレクサンダーはもしもの時は自分を裏切ってでもブレイクにルーナを守れと言ったのだ。だが、彼は少しだけ寂しそうに微笑むだけだった。


「あんな素敵な女性を託すなら実直なお前しかいない。私もあれも心からそう思ってるからな」

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