おのれセバスチャン許すまじ
「我ら使用人、お嬢様のお越しを首を長くしお待ちしておりました」
メイド長と思しき女性はセバスチャンの妻と言うだけあり、少しだけ年嵩だがとても美しい女性だった。なるほど、セバスチャンが浮気をしないはずである。ルーナは珍しくデレッとしているセバスチャンを横目で見ながら納得していた。彼女は元は高位の貴族だったと言われてもおかしくないほど楚々として品がある。下手な小娘に心が揺るぐことなどないだろう。
「ザラ、このままお客様は軽い打ち合わせに入られるとのことですのでお茶の用意を。そうですね……せっかくなので緑茶と紅茶、どちらも用意して頂いてもよろしいですか?」
「かしこまりました。本当に貴方は緑茶が好きですね……お待ちなさい、貴方は執事。何故このタイミングでリクエストを?」
澄まし顔のまま、セバスチャンの制服の裾を握り締める彼女の手にはいつの間にか小柄な体より長い、先端に豪奢な飾りのついた杖のようなものが握られていた。
「そこに居直りなさい。その様子では客人の茶に便乗しようとしておりましたね?」
「……客人に出す緑茶の方がおいしい。待て、ザラ、その杖を今出すのはやめ」
「天誅」
なるほど、天誅とはこういう風に使うのか。杖で尻をはたかれ吹っ飛んでいくセバスチャンを見ながらルーナは乾いた笑みを浮かべていた。ふぅ、と杖をおろしたザラはそのまま優雅に一礼する。
「お目汚し失礼いたしました。すぐに手配致します」
〈ひえっ……天誅って、セバスチャンの専売特許じゃなかったの……? 怖っ……〉
◇ ◇ ◇
四阿の一部を簡易な茶会会場に仕立てあげたザラが去っていった後、一同は一息をついた。
「こんなに精神的に疲れる領地視察は初めてだ」
「申し訳ございません……」
皮肉ではなく明らかに本心から漏れてしまったとわかるアレクサンダーの言葉にルーナは俯く。自分自身でもこんなことになるとは思っていなかった。
〈本当よ……おのれセバスチャン許すまじ……〉
セバスチャンだけのせいではない気もするが半分ぐらいはセバスチャンが関係しているのでルーナは曖昧に笑った。
「私としては面白いですけどね。まさかネズ熱病に食事療法が効くと思ってなかったので」
一方明るい声でそう呟くのはミア。だが、それにげっそりした顔でリズが恨めしそうに呻く。
「こっちとしては商売上がったりですけどねぇ……!」
そしてブレイクといえば。
「……これ、美味しいな」
用意された緑茶と茶菓子を堪能していた。
〈あらぁ、ブレイクは甘党なのねぇ……知らなかったわぁ〉
硬派に見えて女子さながらに甘味に頬を緩ませているブレイクは幸せそうだ。先程合流した際の死にそうな顔が嘘のようである。
そしてその間、アレクサンダーは油断なく周囲を警戒していた。まるで機密情報を明かす時のように。
「さて……他に人はいないな? そろそろわざわざ私がここにきた本題に移ろうか」
彼の目がすっと細められる。その鋭さにルーナ達は思わず背筋を正す。
「王宮だと人の耳があるからね。まず、単刀直入に聞こうか。ルーナ、少し前からやかましく君に話しかけているその不愉快な声は誰?」
〈……は?〉
「えっ?」
その問いかけは予想を超えていた。呆気にとられる二人と訳が分からないように首を傾げるブレイク達に、アレクサンダーは顔を歪める。
「誤魔化しても無駄だよ。さて、ここで私の魔法について君達にも知ってもらおうか。証人は増やしたいからね」
〈え、ちょ、待って、あんた、本気!?〉
焦るオネエの声。
直系王族の魔法は秘匿される。各々の命を守るために。それは兄弟間でも。流石に国王は統治の関係場、他の王族の魔法を知ることになるそうだが。だが、基本的にそれほど厳重に隠されているものなのである。
それなのにアレクサンダーはそれを開示するという。その行為が意味することにルーナは背筋に冷や汗が伝うのが分かった。
「私の魔法は知ってもらわないと意味が無いからね……そう、私の魔法は、この魔法の詳細を知る者に直接声を届けるというものだ。場所や時間を問わずね」
決して裏切るな。
そんな無言の圧を感じた。




