意味深に匂わせておいて何も考えてないってやつね
「父上、簡潔に結論から言います。グリニッジ商会と薬草の取引をしてください」
ルーナは帰宅後すぐに父へのアポイントを取り付けた。そしてセバスチャンにも同席するように伝え、乗り込んだルーナの言葉にサイモンは目をぱちぱちさせる。予想していなかったお願いだからだ。てっきり昨日の件を受け、自身の婚約についての話かと思えば持ち込んできたのは商談。驚かない方が不自然だ。
「ルーナ、一体藪から棒にどうしたのだ」
「ネズ熱病の特効薬がグリニッジから献上されたのと、我が領でセバスチャンの戸籍が登録されたのはほぼ同時期ですね? そして、今レニアではネズ熱病が流行している。戸籍をどうこうできるのは領主。つまり、そういうことです」
単刀直入にルーナが告げるとセバスチャンの顔色が悪くなる。自身が残らされた理由を悟ったらしい。
「……ルーナ、どこでそれを知った」
代わりに静かに問いかけたのはサイモンだ。
〈そうよ、アタシが言ったから、っていうのは証拠にならないわ。本当に子兎ちゃんって無鉄砲よぉ!〉
ぎゃんぎゃん騒ぐオネエの声は無視する。そして彼女は不敵な笑みを浮かべた。
「……どこで、ですか。どこででしょうね?」
〈……あ、これ、アタシ知ってる。意味深に匂わせておいて何も考えてないってやつね〉
だが、今までのルーナの態度やそれに対する積み重ねが相手に深読みをさせる。そう、根拠もなく軽率に判断を下すはずがない、といった風に。
「……まぁ、いい。お前にその覚悟があるというのなら、今度の休みに領地視察に向かいなさい。場所は……セバスチャンの戸籍が登録されているハザマ村だ」
「……はい!」
サイモンの瞳から親としての甘さが消える。代わりに当主としての厳しい表情がそこにはあった。
「あとグリニッジとの取引は歓迎しよう。だが、薬品ではなく、取引するとしたらノウハウだ。その理由も領地に行けば分かるだろうけれどね」
セバスチャンは護衛でついていくように、と言い残し、サイモンが席を立つ。その後ろを気まずそうに見送るセバスチャンがやけにルーナの印象に残った。
◇ ◇ ◇
ハザマ村。それはセレスティア家の領地の中でも特に特筆することが無いとされている村だ。程よく領主の屋敷や他の村と近く、かといってそこまで他の地域と交流がある訳では無い。
「……お嬢様がこの老いぼれの正体を見抜かれるとは思っておりませんでした」
セバスチャンは目頭をおさえて溜息をつく。普段は若々しい彼も今は少し老けて見えた。
「いえ、天誅といい、髪型についてといい風潮はございましたね……とはいえ、お嬢様、爺やより一つだけお願いしてもよろしいでしょうか?」
なんだろう、とルーナは頷く。するとセバスチャンは真面目な表情で告げた。
「私はあの村の者でも例外に当たります。そしてサイモン様も私共のために戸籍を捏造したのです。そして私共には一切の叛意はございません。右も左も分からぬ私共を身を呈して救ってくださったのはサイモン様なのですから」
戸籍の捏造は犯罪だ。明らかになれば領主は罰せられ、恐らく当主を交代させられるか、もしくは別の貴族への配置換えとなるだろう。セバスチャンはそれを危惧しているのだ。
だからこそルーナは朗らかに微笑んだ。
「あら、いやだわセバスチャン。私は父の告発なんて考えてないですわ。税金もちゃんと払ってるから悪意があるわけではありませんし。それにお兄様が領主になるにはまだ早すぎですもの」
「……お嬢様が当主になる、という選択肢もございますよ?」
背筋がヒヤリとした。確かにそうなればルーナはアレクサンダーの妻にも側近にもならずに済む。
ルーナは真正面からセバスチャンを見据える。少しばかりの怒りを滲ませて。
「セバスチャン、二度とそのようなことを言ってはなりません。さもなくば、貴方を処罰しないといけなくなります」
セバスチャンが口にしたのは兄への造反を示唆するものだ。しかし、ルーナは兄に成り代わり自分が当主になることは考えていない。トレイはああ見えて優秀なのだ。その上幼少期より領主になるための経験を積んでいる。王太子妃になるための勉学をしていたルーナと異なり。それを上回れるほどの技量が自身にあるとは思えない。ルーナの審美眼は曇っていないのだ。
ルーナの宣誓にセバスチャンは唖然としたように目を見開き、そして安堵と信頼の視線を向けた。
「……素晴らしい。それでこそお嬢様です。試すようなことを申してしまい申し訳ございません。爺の妄言と思い、忘れて下さいませ」
「ええ、そうするわ」
もっともセバスチャンが本気でそんなことを画策しているのではないというのは長年の付き合いで分かっていた。だからこそ、ルーナも警告に留めた。
とりあえずハザマ村について事前にもっと調べておこう、とルーナは心に誓った。




