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あんた、性格おブスね!

 ルーナは目の前で泣きそうな顔をしているメイドを冷たい目で見ていた。


「……そのカップ、どう弁償しますの?」


 彼女のお気に入りのカップは今や芝生の上に散る硝子片と化していた。転んでしまったことによりカップを落としてしまった新人メイドは泥だらけなのにも構わずわなわなと震え、ルーナの言葉を待っている。


「ねぇ、貴女、口がついてないの?謝罪は?」

「すみま、せ」

「いえ、謝らなくてもいいですわ。どうせカップはかえってこないもの。その代わり」


 その幼い顔が歪む。


「さっさとその破片、片付けてくれませんこと? 壊れたカップなんて目に入れたくもないのです」


 主の機嫌を損ねた。一刻も早く片付けなくては。新人メイドは半ばパニック状態で砕けた硝子の破片へと震える手を伸ばす。掃除用具を取りに行くのさえ、許されないような気がして、手が傷付くのも承知の上だ。ルーナはそれを止めるでもなく黙っている。

 と、その時だった。


〈なにそれ……いじめ? あんた、性格おブスね!〉


 少し酒焼けた感じのある魅力的な低い男性の声のような気もするが、その口調は女性、それもルーナが関わることの無いような濃い人々のそれだ。それをオネエということを箱入り娘のルーナは知らない。それでも見知らぬ声からいきなり罵倒されるという未知の体験にルーナは思わず立ち上がる。だが、その声の主は見当たらない。侵入者なのにうまく隠れるものだ。自然と眉が吊り上がった。それを見て、新人メイドは勘違いをしたらしくますます怒られると思ったのか、きゅっと固く目をつぶって震え上がった。

 やがてルーナが口にしたのはその声への問いかけではなく、新人メイドへの叱責だった。


「ーー貴女、何をやっていますの? 破片に直接触ったら怪我しますわ。早く、箒でも持ってくるといいですわ。あと破片を入れるための分厚い袋も。捨てる時に指に刺さったら危険ですわ。ほら、お行きなさい! そのままにしておいたら誰かが踏んでしまうでしょう!」


 それはあまりに分かりにくい気遣いの塊。新人メイドは予想もしていなかった内容に体の震えが止まるのが分かった。そして目の前の少女を改めて見る。両親のいい所だけを集めた顔は冷酷そうだが、確かにその薄紫の瞳には心配そうな色が浮かんでいる。

 この子、悪い子じゃないかも。少しだけ安堵した新人メイドは一礼して急いで走る。その後ろ姿が消えたのを見て、ルーナは溜息をついた。


「さてと……貴方は、誰ですの? 警備に引き渡さないから早く出てきて頂戴。私、悪口を言われた程度でヒステリーを起こすような我儘娘とは違いますのよ」

〈……あら、意外。アタシ、あんたを少し勘違いしてたかもしれないわ。ごめんなさい〉


 その声は先程と違い、少ししょげているようにも感じられる。ただ、それでもその声はすぐに先程の強い調子で次の言葉を紡いだ。


〈あとね、そちらに出ていきたいのは山々なんだけど……アタシがいるの、未来だから無理なのよぉ。どうしてかは分からないけどアタシの声だけ、そっちに届いてるってワケ。しかもあの様子じゃあんたにしか聞こえてないみたいねぇ……あらぁ、なに。その怖がる顔。失礼ねぇ、アタシ全然恐い人じゃないわよぉ。むしろ美しすぎるオネエって言われてるわ!〉


 オネエ。よく分からない。ルーナは誰か知ってるだろうか、と使用人がいるか確認しようとするが、そう言えば誰もいなかった。先程の新人メイドがもし粗相をしても他の使用人に見られないようにするため人払いをしていたのを思い出したルーナは深く溜息をつき、問いかけを続けることにした。


「それで貴女の名前は? 声だけの存在だとしても呼称は必要ですわ」

〈……そうね、名前は必要ねぇ。うーん、どうしようかしら。そうだ、サン、素敵なオネエのサンでどうかしら?〉


 素敵……かは分からないが、わかりやすい。何より他の人に聞かれてもお姉さんのことだと勘違いされて余計な詮索を避けられそうだ。こくんとルーナが頷くと、きゃー、と黄色い歓声が脳内に響いた。


「うるさ……」

〈少し戸惑いを孕んだ美少女の頷き、最高に可愛いわぁー!! それに気付かないあの糞野郎、本当に目が節穴ね!〉


 きゃあきゃあと続くルーナへの賞賛に時折混ざる誰かへの罵倒。耳を押えながらルーナは顔をしかめる。


「オネエサン、声をもう少し小さくしてくれませんこと? あと、その、く、く……オネエサンが言っている、その殿方はどなたですの!?」


 サンがこき下ろす相手が誰だかは気になるが由緒正しき侯爵令嬢のルーナには糞野郎、という呼び方を口にすることは出来なかった。ふるふると震えるルーナに対し、あら、とサンは驚いたように声を漏らす。


〈人形王子アレクサンダーよ。大粛清をしでかした糞野郎〉


 そう言えばもう一つ言い忘れてたわねぇ、とサンが呟いた。


〈あんた、このままだと処刑されて死ぬわよ〉

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