ゆかいなしゅくじょ
リアルのお仕事が繁忙期に突入したので更新が3日に1回になる可能性がございます。極力2日に1回のままでいけるように努力させていただきます。
食堂で席に着いたルーナは食事が来るのを待ちながらリズに微笑んだ。
「迷惑をかけてごめんなさい」
王太子妃になったら気安く謝るなと言われてきたが、そもそも王太子妃になる気が無くなった今、謝罪するのは何とも思わない。だが、リズの顔色はますます悪くなる。
「ルーナ様、私なんかのためにあの、そのっ!」
「殿下のことはいいのです。お互い了承した上でのあのやりとりですから」
アレクサンダー自身が昨日そう言ったのだ。直してほしい所は遠慮なく言うようにと。だからルーナはそうした。というより、アレクサンダーに好かれようと気持ちを押し殺したり無駄な努力をするのをルーナはやめた。
「それよりグリニッジ家との取引についてですが」
「……ルーナ様、変わられましたね」
話し始めようとしたらリズにそう言われる。リズはどこか奇妙なものを見るような目でルーナを見ていた。
「王太子の婚約者ルーナ・セレスティア様といえば、私達平民からすると話しかけるのも畏れ多くて、怖くて、平民を人と思ってないような方だと思ってました。教室でも誰とも話さず、物静かに本を読んでいて。表情も変わらなくて、綺麗なお人形のような人だと思ってました」
それはそうだ。交流をとる時間もなく、勉学のみを押し付けられていたのだから。せめて無能なのだからアレクサンダーの役に立て、と。それをぼっちというのだが、それを知らないルーナは自らの侘しさに自嘲するしかなかった。そんな心中を知ってか知らずか、リズはふふ、と笑う。
「でも、ここ数日のルーナ様はなんというか……芯のある愉快な淑女なんだな、と思うようになりました」
〈ゆかいなしゅくじょ……いや、変態という名の淑女よりかはマシかしらぁ?〉
いつの間に起きていたのだろうか、唖然としたようなサンの呟きが脳裏に響く。
「愉快、ですか」
「あっ、すいません……チャーミング、っていう意味です! 楽しそうな笑顔がとても魅力的でした!」
ルーナが落胆すると慌ててリズは言い直す。そこに悪意は無い。
「まぁいいですわ……グリニッジ商会についてもっと教えて下さらないかしら?」
◇ ◇ ◇
グリニッジ商会。隣国にて設立されたそれが急激な成長を見せたのは今の商会長に代替わりしてからだ。今の商会長とはすなわちリズの父親である。
「我々は元々の南北の植物やその副産物を取り扱ってきました。植物を気候が異なる場所へ健全な状態で持ってくるというのは専用の知識が必要になります。加えて植物自体に毒があったりかぶれる成分がある場合は更に注意しなくてはなりません。そのノウハウを持っていながら外部に出していなかったために今まで弱小商会でした」
ルーナは驚く。グリニッジ商会の商品自体は知っている。だからてっきり貴族令嬢のウケがいい香料や香油と答えると思っていたのだ。だが、リズの言葉はそれすらメインではないと言い切っている。
「父……商会長はある日この国で発生した流行病……ネズ熱病を見て、商会で取り扱っているとある薬草が特効薬であることに気付きました。だから王室に完成した薬を納めました」
「……薬草自体でなく?」
ルーナが問いかけるとリズは少しだけ自慢げに頷く。
「王室の庭師は上手く育てられませんでしたからね。特殊な立地でしか増えないですし。とはいえ、それを一商会が専有するのは商会自体にも様々なリスクがある。だから薬の形で王家を間に挟み流通させることで幾ばくかの利を捨てる代わりに磐石な体制を手にしました」
だからグリニッジ商会は名誉男爵に任じられたのか。王家からすれば国民を守るための薬を唯一生み出せる金の卵、手厚く保護する価値がある。商会も現物を納めることで得られる以外の利を捨てることで王家に大半のリスクを転嫁する。
やはり現商会長は頭が切れる。そして、その意図を正しく汲むことができるリズもまた。ルーナはすっかり怯えた生徒の顔から一商人の顔になったリズを見て微笑む。
「なるほど……無駄な買い物にならなさそうで嬉しいですわ」
「ふふ……評価していただけて嬉しいです」
自分のためでなく領地のためにグリニッジ商会と何を取り引きするか考えるのは楽しそうだ、とルーナの心は弾んだ。
◇ ◇ ◇
〈それにしてもネズ熱病ね……グリニッジが薬を持っていたなんて知らなかったわ〉
リズが席を立った後サンの声が聞こえてくる。未来でもその病が再度流行していたとは。周囲に人がいるため声を出すことなく、ルーナはサンの言葉に耳を傾ける。
〈四年後よ。確実にあれは再発するわ。他国から病原菌が持ち込まれたからねぇ。でも、アタシが知る限りその時は特効薬なんて見つからなくて沢山の人が死んだ。思えばグリニッジが愛想を尽かしてこの国を去った後だったわ〉
沢山の人が死ぬ。落ち着いた口調で未来のことを語るサンは後悔を滲ませていた。