でもオネエは教えてあげない
ルーナは授業を受けながら、今までサンから教えられた未来の情報を整理する。
まず、ルーナ自身は早々に処刑されて死ぬ。これも避けないといけないことではあるが、これをきっかけに始まる悲劇が大きすぎる。
まず、ルーナの後釜に王太子妃になったレニアのアズリア王女が側室になったミアに殺される。そしてその後アレクサンダーは狂い、大粛清を敢行する。最終的にアレクサンダーが異世界送りになる。
何か、何かが足りない。流れとしては確かに分かりやすい。だが、大粛清に至るまでにもうひとつ何かのピースが足りていない。とはいえ、サンも全てをルーナに開示するつもりはないらしく、時折未来の情報を漏らすも基本はルーナ自身の行動を肯定したりハイテンションで騒ぐだけだ。
そもそもサンは何者なのだろうか。未来の人物なのはほぼ間違いないと思う。そして何故かは知らないが、アレクサンダー憎しの気持ちが強いようだ。それにセバスチャンについてやたら詳しい。後世の歴史学者なのかと当初は思っていたが、それにしては個々人について詳しい気がするし、そもそもいくら暗殺者に転向したとはいえセバスチャンのような一介の平民についてどうしてあそこまでルーナすら知らないようなことを把握しているのか。
〈ふふ……悩んでる。でもオネエは教えてあげない。だって子兎ちゃん自身が考えて動かないと意味が無いものぉ〉
少しだけ眠たそうなサンの声。それは意地悪のようで、でも少しばかりの申し訳なさを滲ませていて。悪い人では無い、と結論づけて、ルーナはあることに気付く。
サンは男性なのか女性なのか。未だにルーナは判断できていないということに。それこそがオネエたる所以なのだがその概念をルーナは未だに知らない。どんな姿の人物なのか知りたい、とルーナは溜息をつく。講義の声は既に耳から滑り落ち始めていた。
〈えっ、うそ、未来よりそっちについて考えるのを優先させるぅ? ……オネエはオネエよ。私は天の声の素敵なオネエサン。中身の人なんていないわよぉ〉
気まずそうにそれだけ呟いてサンは黙り込んだ。
◇ ◇ ◇
授業後。
おずおずとこちらを伺うようにしているリズに気付いてルーナはどうしたものか、と思案する。商談は後日改めて正式な場を設けるつもりだった。しかし、今の段階では口約束になってしまうのでそれが不安だという気持ちも分からなくは無い。
「リズ・グリニッジさん、よろしければこの後のランチ、ご一緒しませんか?」
だからルーナから誘うことにした。リズは嬉しそうに目を見開き、そしてゆっくりと頷いた。
◇ ◇ ◇
「私もご一緒させてもらおうか。いいだろう、婚約者殿」
「殿下、何をお考えですか……自分も同席します」
「ルーナ様! リズとご飯なら私も一緒でいいですか!」
どうしてこうなった。先に教室を出たため食堂の入口で気まずそうに身を縮めているリズの周囲にはアレクサンダーやブレイク、そしてミアの姿。当然人目を集めている。アレクサンダーやブレイクのような高位貴族は常に注目される存在なのだ。それに怖気づかないミアの方が珍しく、その巻き添えになりガタガタ震えているリズの方が一般的な反応だ。ルーナは無言で扇を取り出す。そしてバシッと自らの掌に打ち据えた。
「よろしいでしょうか皆様方」
笑みを浮かべるつもりは最早毛頭なかった。
「まずミアさん、今日はリズさんと商談をするつもりなのでランチは別の機会にして頂けたらありがたいです。ごめんなさい」
悪気がないとひと目でわかるミアには比較的優しい言い方をする。それでもミアはタイミングが悪かったことがすぐに分かったらしく、ガクガクと青い顔で頷いていた。
「次にブレイク様。何故私の婚約者でもない貴方がこの場に?」
「ぐっ」
今にも血を吐きそうな表情になるブレイクには深入りをしない。将来的に自分はブレイクの婚約者にスライドするのかもしれないが、現段階ではまだルーナはアレクサンダーの婚約者。そもそも婚約者を交代するかもまだ保留状態だ。勝手に決められても困る。
だが、何より。
「……殿下、貴方はご自身の立場をご理解ください」
彼が望めばルーナはリズとの商談を取りやめ、アレクサンダーとの昼食を優先せねばならない。相手は王太子でなおかつ婚約者だ、世間一般的な常識ではそれが当然。彼もわかってやっているのだろう。だが、ルーナがここまで苛立つのはその背景にある驕りのせいだ。昨日の口ぶりではアレクサンダーはルーナを婚約者のままにしておくつもりがない。それなのに自分を優先して当然、と言わんばかりに振る舞うから、腹が立つ。ルーナのことなど配慮しないというのが透けて見えるからだ。
「だから、私は貴方が嫌いです」
あれだけ昨日言ったのにまだ分からないのか。公衆の面前でアレクサンダーを完全に拒んだルーナを見て、周囲の生徒達が動揺したようにざわつく。そんな様子をアレクサンダーは楽しそうに目を細めて見ていた。
「そうか。私はこれでも貴女を気に入り始めているのだがな」
「ならば相手の気持ちを考えてください。私からの宿題です。失礼しますわ」
ルーナはばっさりと切り捨ててリズの腕を掴む。少しだけ強引な誘いにリズの喉がひゅっと鳴ったがつん、とした様子にルーナが折れないのを悟ったらしく、リズは申し訳なさそうにぺこぺこしながらルーナに続いた。