高飛車お嬢様のツンデレは国宝よぉっ!
翌朝、ルーナは昨日と同じ髪型にすることにした。巻かずに束ねる楽さに気付いてしまったのだ。目に髪がかからずノートをとる時邪魔にならない。アレクサンダーにかわいいと褒めて欲しい、そんな乙女心は既にない。聡明と名高い彼があんなにデリカシーや常識がないとは思わなかった。思い返す度に千年の恋も覚める勢いである。
サンの言う通りにさっぱりと切り替えた方がいいのかもしれない。それなのにそこまで打算に走れないのは彼女がまだ若い証拠である。
「ルーナ様おはようございます!」
考えながら歩いているとミアが手を振って駆け寄ってくる。その様子が懐いてくる子犬のようで思わずルーナは唇を綻ばせた。
「ごきげんよう、ミアさん」
「あっ、すいません、ごきげんようでした……貴族式の挨拶はやっぱり慣れないですね」
聞けばミアの友人は大半が平民らしい。辺境の男爵領の出身ということもあり、王都での人脈作りは上手くいかず、その代わりに平民で有能なものとの交流を持つように、と言い含められた結果らしい。辺境は色々なことがシビアですからね、と苦笑いをうかべる彼女は朗らかながらもなかなかに苦労しているようだ。
〈ミアちゃんもなかなかに大変なのよねぇ……実家が貧乏だからこのままだとすけべじじいの後妻になるしかないのよね〉
サンがポツンと呟いた言葉にルーナは思わずミアを見る。だが、ミアには悲壮感らしいものは一切なかった。
〈未来では哀れに思ったピーマン王子は側室に迎えてたけど、折り合いは最悪。というかピーマン王子の異世界送りの引き金よ〉
どういうことだろう。ルーナはミアには気付かれないようにするため、淡く微笑む。
〈ミアちゃんは王太子妃になったアズリアを刺殺、そのまま後追い自殺よ。嫉妬が原因だとか言われてるけど……アタシはちょっと腑に落ちないところがあるわ。だって、側室になった後のミアちゃん、自分にガンガンお金使いまくってるのよ。そう、まるで人が変わったかのように〉
確かにそれは違和感がある。ミアは少なくとも素朴な気質に思える。加えて側室になったからアレクサンダーへの嫌がらせ、もしくは高位貴族に張り合うために豪奢な装いをするかというと、そうはならない気がする。間違ってることは間違ってる、と身分に関わらず口にするが、使い込まれた古書の教科書などを見る限り、彼女は相当に質素堅実だ。
なんだかサンが語る未来はきな臭い、絶対に変えなくてはと思いながらルーナは今日の授業について、ミアに話しかけた。
◇ ◇ ◇
教室に入ると何故か機嫌が悪そうなイザベラがルーナ達を待ち構えていた。
「ごきげんよう……昨日はわたくしが悪かったわ」
「……えっ」
取り巻きはいない。というより、昨日ルーナが脅した三人はそもそも登校してきていないようだ。その視線に気付いたらしい、イザベラが情けなさそうに顔を歪める。
「な、なによっ、その顔……」
〈あらぁ? 案外いじらしいところあるんじゃあなぁい? かわいいわね小姑〉
サンが何故かうきうきしている。だが、ルーナはこくんと首を傾げた。
「………イザベラ様に謝られるようなこと、ありましたでしょうか?」
絶句。その二文字が相応しい沈黙が教室内に広がる。隣のミアも呆然としていた。
「あの、ルーナ様、昨日、イザベラ様に酷いことを言われてましたよね?」
「……そうでしたっけ?」
正直なところ、その後のアレクサンダーとのあれそれの方がよほどルーナにとって心労だった。それにそもそもイザベラは昨日の時点では敵対する立場であり、敵から何か言われる分には受け流せる。身内のはずの王宮の教育係やアレクサンダーから無下に扱われる方がよほど堪えた。
「そ、そうでしたっけ、って……ぷぷっ」
〈ミアちゃん、その気持ちわかるわぁ……大物すぎるわよね……〉
サンの声はミアには聞こえていないはずなのに何故か同意されている。一方イザベラは固まっていたが、ミアの笑い声に我に返ったのか顔を真っ赤にして、眦を吊り上げた。
「ルーナ・セレスティア! 覚えておいでなさい!わたくし、 借りは返す女ですのよ!」
逆上したかのような表情だが、言っている内容は。
〈ツンデレ! ベタなツンデレよぉ! 高飛車お嬢様のツンデレは国宝よぉっ!〉
歓喜のオネエ。ルーナからすればツンデレの意味は分からない。だが、きっとこのほっこりする気持ちから判断する限りきっとよいものだろう、と自然と笑みを浮かべていた。