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転がってても気が付けないってね

 帰宅してすぐに控えているセバスチャンに多忙な父と兄への取次を頼む。セバスチャンは柔和な笑みを浮かべながらもどこか不穏な空気を纏っていた。どうやら精神的に疲れ果てているルーナを見て、学園で何かあったと悟ったらしい。


「ご武運を。もし困った時はこの老骨、セバスチャンをお呼びください。現役時代のように切り込んでいきましょうぞ」

〈やば……やっぱ人斬り天誅執事おっかないわぁ……〉


 どこからか金属同士がぶつかるような音がするのは気の所為だろう。気の所為であって欲しい。ルーナは苦笑いを浮かべながら制服を着替える。

 二人が今なら大丈夫だという言伝を寄越したのは紅茶を飲んで一息ついている時だった。サンは寝たらしくあの騒がしくもどこか愉快な声は聞こえなくなっている。ルーナは覚悟を決めて待ち合わせをしている執務室に入った。


「ルーナ、色々とセバスチャンからは話を聞いたよ。大変だったね」


 まず声をかけてきたのは兄のトレイ。去年学園を卒業して今は次期当主として騎士団で働きながら見聞を広めている。普段は寮生活だがたまたま今日は帰宅していたらしく、ルーナとは違う甘さが際立つ整った顔立ちでにっこりと微笑んでいる。


「とりあえず次殿下が鍛錬のために騎士団に来たら心ゆくまで土ペロしてもらうね。僕の可愛い妹を困らせるなんて悪い子だから」

「つちぺろ……?」

「トレイ、ルーナに騎士団で流行っているという変な言葉を覚えさせるな。育ちが悪いと思われてしまう」


 そんな彼を嗜めたのは父のサイモン・セレスティア。いつも厳格な父と相対するとルーナはいつも萎縮してしまう。サイモンは深々と溜息をつき、二人を真剣な目で見据えた。


「まったく……トレイが騎士団で好き勝手やってると聞いて説教するつもりだったが……先延ばしだな、そちらは。ルーナ、結論から言う。殿下との婚約はお前の好きにしてよい。ちゃんとそういうなりの理由はある」


 叱られると思ったのに、父の顔には怒りはなかった。


「ルーナ、お前は国内で最も王太子妃候補として相応しかった。そう、国内では」

「……そういうことですか」


 その言葉でルーナも理解する。今ルーナと天秤にかけられているのは国外の令嬢。元々は国内の支配を磐石にするために結ばれた婚約であった。だが婚約自体が結ばれてから歳月が経てば状況も変わる。そう、それは自国だけでなく他国も。


「お話が上がっている御相手はどなたなのですか?」

「……レニア王国のアズリア第二王女殿下だ」


 その名を聞いてルーナは息を飲む。

 レニア王国は二年前に流行病で壊滅的な大打撃を受けた国だ。他国との付き合いは少なく閉鎖的だと有名だが、そんな国のお姫様がわざわざこの国に嫁いでこようとしている。母国の立て直しに必要な外貨を獲得するためだろうか。それにこれはこの国にとっても悪いことではない。レニアは希少な鉱物や植物が取れるのだ。


「アズリア殿下は公式にこちらに対して庇護を求めている。落ち目と言えど王族、婚約如何問わず無視はできまい。だからこその側近への打診なのだろう」

「じゃあ、このままじゃルーナは婚約解消されるってこと?」


 トレイの表情が険しくなる。だが、サイモンは大きな溜め息をつくばかりだった。


「今回の場合は理由が理由だし、王太子の側近となればその程度傷にならない。そもそも我がセレスティアは王族と婚姻を結ばずとも十分に栄えている。となれば王家に恩を売る意味でも婚約解消も選択肢としてはありだ。ただ……この時期での婚約解消となると新たな婚約者を探すのが困難というのはある。まぁ、そちらも手を打ってあるが」


 同世代の男子は大抵婚約者がいる。そう、何かしらの理由がある者以外は。と、ルーナはある人物の顔が脳裏を過ぎった。


「そういえば……オーガスタ家の御子息には婚約者はおりませんが、まさか」

「ご明察。ブレイク・オーガスタは王家のスペアだ。王家側の事情で婚約を解消する羽目になった時の後釜だな。現実的に考えて、もし婚約解消をした場合のお前の婚約者は彼になるだろう」


 理解が早いのが嬉しかったのか、サイモンの表情が少しだけ柔らかくなる。当たってしまった考えに思わずルーナは顔を覆った。



 それから後の記憶は無い。

 ぼんやりと自分のこれからを考えてはどうしようと堂々巡りするルーナは着替えを終え、ベッドに入る。だが、眠れそうにもなかった。


〈あら、子兎ちゃん、寝れないの? あの後何かあったの?〉


 数時間ぶりのオネエの声に安堵する。そして眠っていたのか、親子の会話の内容は知らないようだ。


「実は……」


 ルーナが聞いた話を共有すると、サンはなんでもないように呟く。


〈じゃあ、キープしちゃいなさいよ。子兎ちゃん、悪役令嬢にならなくても男を転がす悪女には誰でもなれるのよ〉

「……え?」

〈子兎ちゃん、いい? 恋はねぇ、しようと思わなければ始まらないの。転がってても気が付けないってね〉


 まぁ、アタシみたいにどこまでも転がり続けても困りものだけどぉ! と、嘯くサンにルーナはなんだか少しだけ気持ちが軽くなってそっと目を閉じた。

 

国名修正しました(被っていたため)

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