強くてかっこいい、最高のいい女よ!
リズが掃除道具を取りに行った後、再びルーナは歩き出す。と、静観していたらしいオネエの声が再び聞こえてきた。
〈焦ったわぁ……子兎ちゃんが泥だらけになっちゃうと思ったわよ……無茶が過ぎるのよぉ……〉
「無茶では無いですわ、オネエサン。貴方が教えてくださっていたので前もって魔力を練れましたもの。それにしても」
先程の自分を思い出したのかルーナは顔を真っ赤にして覆い隠す。
「どこからどう見ても悪女、でしたわよね、私」
その証拠に相対した令嬢達は皆怯えていた。悪役令嬢にならないようにする、と誓ったのに、相手を脅すような真似をしてしまった。するとサンの笑い声が脳裏に響き渡る。
〈悪女? 何寝ぼけたこと言ってんのよあんた。さっきのあんたはね、悪女なんて性悪じゃないわ。強くてかっこいい、最高のいい女よ!〉
◇ ◇ ◇
無傷で遅れることなく談話室に現れたルーナを見て、イザベラは驚いたような悔しげな表情を浮かべる。どうやら取り巻きが何をしようとしていたかを知っていたらしい。と、ブレイクがそれを目敏く見逃さなかった。
「イザベラ様、何故そのようなお顔を? よもや、ルーナ嬢がここに来られないようにするために何かなされたのですか?」
「し、知らないわっ!」
あくまでしらを切るつもりらしい。ルーナとしても想定内だったので、わぁわぁ騒ぐイザベラから視線を外し、座ったままのアレクサンダーを真正面から見据える。
「殿下、オーガスタ侯爵家のご子息様から話は伺いましたでしょうか?」
「……あぁ。これは王宮および王族側の手落ちだ。私的な場での謝罪しかできず申し訳ない。まさか王太子妃候補である貴女まで奴隷のような扱いを受けていたとは思わなかった」
淡々とアレクサンダーが答える。その言葉に何か引っかかるものがあったが、ルーナは気にせずに溜息をつく。
「正直に言うともう私は全てに疲れました。しばらく王太子妃教育はお休みしたいです」
「当然だ。人員やカリキュラムの見直しをしなくては。こちらには能力不足ゆえ追加教育をしているという報告が来ていたが……この様子だとその報告すら疑わしくなってきたな。そもそも貴女は学業においても私以上に優秀だ」
アレクサンダーが初めて目元を和ませる。ルーナは驚いた。まさか自分の成績がアレクサンダーに覚えてもらっていると思ってもいなかったからだ。あれだけ自分に無関心を装っていた彼が自分に対し心を砕くことがあるなど想像もしていなかった。
「殿下!何を」
「さて、完全にこちらに非があったというのに……イザベラ、貴女は王家の威信に泥を塗るつもりか?」
威圧するかのように机に拳が叩きつけられる。その音の主は意外にも表情を消したアレクサンダーだった。激昂している訳では無い。その証拠にその声色は先程と変わらず落ち着いている。だが、確かにその瞳は冷酷ささえ感じる光を帯びていた。信じたくないとイザベラが自らの体を抱き締める。
「思い出せばルーナの教育係はアンターク家の関係者だったな……愚かな。ルーナを排除すれば自らが婚約者になれるとでも? 血が近すぎるものは婚姻してはならないと王室法典でも定められているだろうに」
そんな様子に構うことなくイザベラの心を丹念に折っていくかのような厳しい言葉を綴っていくアレクサンダーをルーナが止めようとするとブレイクに止められる。一方こういった場で真っ先に動き出しそうなミアも神妙な顔で黙っていた。
「そんなことは……!」
「確かに貴女自身は何も考えていないかもしれない。そこまで貴女の頭が回るとは思えない。だが、貴女を旗印にして好き勝手やられるのはこちらとしては困る」
まさか。
〈子兎ちゃん、あのピーマンを止めて!さもないととんでもない事になるわ! このままじゃ粛清人形王子一直線よっ!〉
切羽詰まったようなサンの声よりも先にルーナはブレイクの腕を振り払ってイザベラの前に飛び出していた。そして迷わず次の言葉を告げようとするアレクサンダーの頬を全力で平手打ちする。
「がっ!?」
「殿下っ! いい加減にしてくださいませ!」
〈えっ、物理的に止めるの!?〉
手に鈍い衝撃。咄嗟の事だったせいで魔力を纏うのを忘れて、素手で叩いてしまった。ルーナははぁはぁと息を荒らげながらも震えるイザベラを庇うように前に立つ。
「殿下の言葉は、いたずらに人を傷つけるばかりです! あの教育係達と何も変わりません! 今のイザベラ様をご覧くださいませ! あれほどに貴方を慕っている彼女ですら、こんなに心が傷ついていますっ、このっ、このっ、中身なしピーマン王子っ!」
不敬罪で投獄されるかもしれない。無礼を通り越して今回は物理的に殴っているのだから。それでも言いたい放題言われているイザベラを見捨てる訳にはいかなかった。それはかつてのルーナ自身であるのだから。
「ろくに確認もせずに酷い言葉で追い詰めて処罰を下そうとするっ! 軽率です! 粛清ばかりでは貴族はおろか、民の心が離れていくと、何故分からないのですか!」
一度口を開けばタガが外れたように今まで溜め込んでいたもやもやを抑えきれなかった。
「殿下なんて、大っ嫌い!」