小姑系悪役令嬢があらわれた!
叱られた。
理不尽な内容ではなく、いきなり予定外の方向性で魔法を使うと周りがすぐに対処できないから気をつけろ、と至極真っ当な理由で学園長に呼び出されて叱られた。
「とはいえセレスティア嬢の気持ちも分からなくはありません。いくらセレスティア嬢の魔法の特性に合っていて、なおかつ王宮の指示とはいえ、ああやって攻撃を受け続けるのは精神的に疲労します。それに少ないとはいえ、ああいう訓練の際は憂さ晴らしや嫌がらせのために魔法をぶつける生徒もいなくはありませんから」
だからなるべく教師陣もいじめに繋がらないようにと気を配っているらしい。初めて知った魔法実技の授業の内実にルーナは感心する。
「だからといってやりたい放題していい訳では無いのですよ! 自由には責任が伴います! 今回は貴女が反撃するという自由を行使した結果、怪我人が出るかもしれなかった。その時、治癒魔法で治しきれなかったら? そういうことです」
〈あー……耳に痛いわね。そうね、自由には責任がセット。流石学園長、説教が身に染みるわぁ〉
サンが何やら自己嫌悪しているのが聞こえてくる中、ルーナは俯く。確かに怪我人が出るかも、ということは考えていなかった。ただいつものやられてばっかりの自分でいたくはない、という一心だった。
「……貴女は賢い。ですが、まだ学生です。今のうちに沢山失敗をして沢山学ぶのです。今回は王宮に学園側から抗議しておきますので」
「……はい。申し訳ございませんでした」
自分のためを思って言ってくれている。それが伝わってきて素直に反省の言葉が出てきた。
◇ ◇ ◇
教室に戻ると朝とはまた空気が変わっていた。今度は少しばかり畏怖が混ざっているような気がする。やりすぎた自覚のあるルーナは神妙に席に着く。と、誰かがわざと視界を塞ぐように彼女の前に立った。
「あらぁ、よくもまぁ顔を出せたものですわね。恥ずかしくないのかしら?」
それはおほほほと仲良しと思われる令嬢を引き連れた少女だ。ルーナは少しだけ微笑む。
「アンターク様、ごきげんよう」
公爵令嬢イザベラ・アンターク。母親が前王の姉だった由緒正しい血筋のご令嬢だ。そのせいでアレクサンダーの婚約者候補からは外れているのだが、本人はアレクサンダーを好いているようで何かにつけてルーナに難癖をつけてくるクラスメイトでもある。
〈典型的悪役令嬢だわーっ! 見るからに性格悪そうな顔してるわーっ!〉
「あんなに乱暴な魔法、淑女として恥ずかしくないのかしら? やはり貴女のような粗暴な女は殿下にふさわしくないわ! 婚約者から辞退なさい!」
〈ねちねちしてるわ! 小姑だわ! 小姑系悪役令嬢があらわれた! 子兎ちゃん絶体絶命よ!〉
サンの言葉は無視する。ルーナは少しだけ瞑目して、すぐに首を傾げた。
「イザベラ様、面白いことを仰いますのね」
教室にいた者は感じ取る。静かな戦いが始まったのを。さらりと束ねた髪を流しながらルーナは微笑む。
「私は今まで、自分を守るしかできない戦う術を持たない無能な肉壁令嬢、と王宮の教育係から度々言われてきました。だからこそ、自ら困難を撃ち砕く術を考案し、そして体得した。それを粗暴、と貴女は、おっしゃるのですね?」
ゆっくりと言い含めるように問いかければイザベラがたじろぐ。一方クラスメイト達はざわついた。教育係がルーナに向けて放っていたという暴言の内容に。彼女の人格を無視した指導としか思えない。だがイザベラは周りの空気に気付かないのか、怪訝そうに眉を顰めるだけだ。
「何よ、王族の方針に文句でもあるのかしら? 」
「……貴女は、気付かないのですね」
〈あー、王族だからってちやほやされてきた小姑系悪役令嬢ちゃんは分からないのねぇ……オネエでも分かるっていうのに〉
サンは今のイザベラの言葉が他の生徒達にどう捉えられたのかが気付いたらしく、はぁと悩ましげな溜息をついている。
イザベラの立場なら今のルーナの言及に対し、驚き是正を訴えるか、もしくは一度矛を収め事実確認をすると口にするべきだった。だが、諌めないどころか肯定した。それが示すのは。
王族は貴族達を軽く見ており、それどころかまだ身内でない者なら死んでも構わない捨て駒同然とさえ思っているかもしれない、ということだ。生徒達はただ学ぶためだけに学園に来ているのでは無い。この件は必ず各々の実家に報告されるであろう。
がらがらと王家の求心力が下落していくのを感じ、ルーナは荒んだ笑みを浮かべた。