合言葉はぶちかませ乙女パワー!
本日よりストックの関係で2日に1話更新に変わります。
担当の教師が来たところで一旦その場は解散になった。
魔法実技の授業はまず体内で魔力を皆で規定時間で練るところから始まる。その後各々の特性に応じて細分化した実習に移る。とはいえ、ルーナの場合は王宮の教育係の指示があるので、延々と身体強化や攻撃系魔法を使う生徒の的になるだけだが。
「すいません、セレスティア様! 全力でかからせていただきます!」
「今日こそは絶対勝つ!」
重傷になるようなものはミアのような回復系統の魔法を使う者が治す。だが、少なくともここ一年はルーナはそういったもののお世話になることは無かった。
「ーー甘いですわ」
ルーナは余裕の笑みを浮かべながらその全てを受け止める。そもそも魔法とは攻撃系魔法ほど希少で具現化した際に弱体化する。それこそ人死を出すようなものを使えるのは国を守る騎士達の中ですら数人しかいない。だからこそ、誰もその守りを突破できるものはいないと思えた。
〈ひゅーっ! やっぱり子兎ちゃん、かっこいいわねぇ!その余裕の笑み、女王様よ女王様! 〉
とはいえ魔法同士がぶつかった衝撃や振動は容赦なく襲いかかってくるので、気を抜けば舌を噛むし内臓はシェイクされる。見た目の優雅さとその実態はかけ離れている。
〈でもねぇ、今思えば、これ、よくないわ、よくないわよぉ……だって結局サンドバックでしょ? なんというか……あんたが文句を言わないことをいいことに、ぞんざいにあんたを扱っていい、って同世代の連中に刷り込んでるみたいで腹立つのよね〉
確かに。訓練だから仕方ないが、よくよく考えれば異様だ。もしルーナの鉄壁を攻撃魔法が上回ったらルーナは傷付く。可能性が低いけれど当たりどころが悪く、治癒魔法で治しきれなければ何らかの後遺症が残る可能性がある。そもそもルーナの魔法が鉄壁でなければ、これはただの集団リンチだ。防御系の魔法を使う他の生徒も集中するため、と大体が一対一で、こんな集団相手に魔法をぶつけられていない。王太子妃が危険に晒されやすいというのは分からなくもないが、彼女はあくまでまだ婚約者だ。何かあったら首をすげ替えられる立場なのに何故そこまで犠牲を強いられなければならないのか。
サンに指摘され、ルーナはふつふつと怒りが込み上げてくる。怒るなんて久しぶりの感覚だった。ずっと攻撃されて当たり前だった。そうでなければ存在価値がないと思っていた。でも違う。少なくともミアは心配してくれていた。だから自分という存在は無意味じゃない。
確かに磨り減っていたルーナの心はサン達のおかげで少しずつ本来の個性を取り戻し始めていた。
〈子兎ちゃん、ここが運命の分かれ目よぉ……あんたは目覚めるの、あらゆる理不尽を粉砕する鉄の女に! 時代は強い女を求めてるの!〉
さぁ、そっとその拳を握ってとオネエに言われ、ルーナは頷く。握り締めた手は微かにあたたかかった。
〈合言葉はぶちかませ乙女パワー! 飛んで跳ねて暴れちゃいなさい!〉
相変わらず意味がわからない。だが、何となく何をすればいいのかはわかった。魔法を打ち続ける生徒に向かってゆっくりと歩いていく。何人かは怪訝な表情で魔力を練るのを止めたが、大半はそのままだ。見れば少し離れたところで別の生徒と訓練していたらしいブレイクもルーナの様子を伺っていた。
「皆様方、よろしいかしら」
ルーナは美しく微笑む。その笑みは淑女の笑みとは程遠いが彼女自身は気付かない。制服のスカートの裾をそっと持ち上げる。フリルがやけに硬質な翻り方をしていたのは気のせいではないだろう。
そして。
「今から私の乙女パワー、ぶちかましますわ」
足を地面に思い切り叩きつけると同時に周辺の石畳が一瞬で砕け散った。周囲で無数の悲鳴が上がる。一方でルーナの心は晴れやかだった。
「魔力を体に纏わせるとこんなこともできるのですね! 勉強になりますわ!楽しい! 楽しいですわーっ!」
軽やかなのに一歩進むごとに地面が抉れ、土煙が立ち込める。だが今までにない魔力の大量消費によりハイになったルーナはふふふと笑いながら止まらない。
数十分後、身体強化魔法を使って全力で追いかけた教師が泣きついたことでルーナによる演習場破壊は収束するのだが、その時にはクラスメイトのルーナを見る目が変わっていたのは言うまでもない。