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とある男爵令嬢のはなし

作者: 宵闇

ひとりの男爵令嬢が捕らえられた。


王宮内で魅了魔法を発動させた罪だ。

男爵令嬢は、この国では禁忌とされているその魔法を何の躊躇いもなく乱用し、王太子を始めとした未来の重役たちを次々にたぶらかしていたのだ。


件の男爵令嬢―リリアは、薄暗い牢の中で自分が何故ここで座り込んでいるのかを考え続けていた。


(今までは何のお咎めもなかったのに)


婚約者や恋人がいても気にせず、周りの人たちに手当たり次第に魅了魔法をかけていても、特に何か言われたことはなかった。それに、何か言うような人にも魅了を使えばたちまち取り巻きの仲間入りだった。


何か変わったのは、本命を見つけたときからだろうか。


魔術師のアシュリー。

王宮勤めのエリートで、爵位を継ぐ予定もあって、顔も良い。銀色の髪に紫の瞳という色彩はいつ見ても美しく、リリアはアシュリーがほしくなった。

当然の如く彼には婚約者がいたが、魅了魔法にかかればそんなことは関係ない。

リリアとアシュリーは順当に愛を育み、いつしか恋人どうしになった。

何度もデートを重ね、婚約者という障害もあることで、ふたりの恋はどんどん燃え上がっていった。


(でも、婚約者が邪魔するから)


才女と謳われる金髪の婚約者が、何だかんだと言いがかりをつけて来るのだ。

あまりにも続くのでリリアは周囲に助けを求めた。そうすれば、婚約者の評判が落ちるとわかっていた。

何せ、リリアの周りにいるのは未来の重役たち。それなりの頭脳と権力がある。


そうやって、本来禁術である魅了魔法を乱用していたリリアだが、何故魅了魔法を使ってはいけないのか全くわかっていなかった。


今も、何が悪かったのかわからないまま、狭い牢に入れられている。

少し前に試してみたが、どうやらこの部屋は魔法の類が一切使えないようなのだ。食事を運んできた男を魅了して抜け出すことができなかった。

やることはないしベッドは硬いし食事はまずいし、そろそろ誰か助けに来てくれるころだろうか。


(きっと来てくれるわ。みんな王宮にいるはずだもの)


手元にあったコップを持ち上げて水を飲む。

食事も一応置いてはあるが、普段食べている高級料理とは比べ物にならないまずさで口をつける気にはなれなかった。



「こんにちは」


突如聞こえてきた声にはっとして顔をあげると、鉄格子越しによく知った銀髪が見えた。こんな場所にはふさわしくない美しい笑みを浮かべた彼は、ゆっくりとリリアの方に歩を進める。

その愛する者を見つめるような微笑みを見て、リリアは気づいた。


(わたしを助けに来てくれたのね!)


魅了魔法で洗脳した結果とはいえ、長い間愛を囁きあった仲だ。愛する恋人のために牢の鍵を盗ってくることなんて、王宮勤めの彼なら容易いはず。


「アシュ! わたし…っ!」


いつものように、瞳に涙を浮かべてすがりつく。希望を胸に、隙間の向こうのアシュリーに手を伸ばした。




「馴れ馴れしく呼ばないでくれる?」




「…え?」


伸ばした腕は嫌そうに振り払われて、次いで告げられた言葉は今まで聞いたことがないような冷たい声。聞き間違いかと見上げた顔は笑顔のままで、リリアは少しホッとした。


(今のはきっと聞き間違い、幻聴よ)


何てったって、リリアとアシュリーは相思相愛なのだから。

性根の悪い、幼い頃からの婚約者なんかよりもずっと深い仲なのだから。


(だから、大丈夫)


そう結論づけて、リリアは潤んだ瞳でアシュリーを見上げた。

こうすれば、誰でも自分を助けてくれるとリリアは知っていた。アシュリーも、こんな扱いを受けているリリアを気の毒に思ってここから出してくれるはず。


「そこから動くな」


しかし、伸ばしかけた腕が彼に届くことはなかった。

視線だけで人を殺せそうな冷たい眼。ずっと甘やかされてきたリリアは、人からこんな眼を向けられたことはない。


(なんで、こんな…)


デートの時は甘くとろけていたはずのアメジストの瞳は、リリアを見下すように細められていて、そこには何の感情も浮かんでいない。



「お前、ノエルに危害を加えたんだってね」



ノエル。

アシュリーの婚約者の侯爵令嬢。

生まれ持った身分とアシュリーの婚約者であることを笠に着ていて気に入らなかった。アシュリーに選んでもらえなかったくせに、リリアに偉そうに指図してきた女。


「そんなことするわけないじゃない!」


リリアはいじめられていたのだ。嫉妬に狂ったノエルによって。

服を汚されたり連絡事項が回って来なかったり、挙げ句危害を加えられたのはリリアのほうで、幼稚ないじめを行っていたのはノエル。

❘そういう筋書き《・・・・・・・》だった。


「アシュ、わたし、ノエルさまにいじめられてて…っ」

「ふーん」


愛する恋人の必死の訴えを何の興味もなさそうに一瞥した彼は、鉄格子にまた一歩近づいた。



「嘘をつくな。ノエルに対する侮辱だ」



低い声で吐き捨てられた言葉は、もしかしてここから出してくれるのでは、というリリアの薄い希望を粉々に打ち砕くには充分だった。


「うそじゃな…っ!」


その瞬間、リリアの喉元に剣先が突きつけられる。

よく手入れされた剣が光を反射して輝き、ひっと小さな声が漏れた。


「本当に?」

「…っ!」


頷こうとした瞬間、首筋に何かひんやりとしたものが触れた。それはとても鋭くて、自分の命など一瞬で葬れるものだとリリアは悟った。


「男爵家の養子のひとりやふたり、いなかったことにするのは簡単なんだよ」


反論したら殺される。この男は自分を本気で殺す気だ。

人生で初めて味わう恐怖に震えながらリリアは口を開いた。


「ノエルさまに色々言われて、怖くて…。でも、わたしは何もしてない! 周りの人たちにやめてほしいってちょっと相談しただけで…っ」


リリアは何もしていない。

周りの令息たちに少し愚痴をこぼしただけであって、決してノエルを害するように言った訳ではない。周りが勝手にやったんだ。


そう喚くリリアをちらりと見て、アシュリーは溜め息をついた。


「ノエルが言ったのは正しいことだ。常識がなっていないのを指摘しただけなのにいじめ扱い。その上、魅了魔法を使って周りがノエルを攻撃するように仕向けておいて、自分は関係ないと責任転嫁。救いようがないな」


いつでもリリアに優しくしてくれたアシュリーはここにはいなかった。

否、そんなものは元からなかったとリリアはもう気がついていた。


アシュリーが愛していたのはノエルただひとりである。


いつだって、リリアに向かって微笑みかけながらも彼の眼は笑っていなかった。

ちょっとした贈り物や花束に使われていた薄い黄色は、リリアの眼の色ではなくてノエルの髪の色。

一度も一緒に帰らせてくれなかったのは、仕事が残っていたからではなくてノエルと一緒に過ごすから。


(ちがう、ちがう…! わたしは誰にでも愛されるの!)


幼い頃に魅了魔法を習得してからずっと、それを使えば何だって手に入っていた。

貧乏だった生家を離れ、男爵に取り入って養子になることも簡単だった。

憧れの貴族生活を手にした後目指すのはさらに高位の貴族。男爵家よりも地位と財産があって、贅沢な暮らしができるところ。


魅了魔法を使って作り上げた人間関係の中で、リリアは愛されていた。

誰だって自分を愛してくれるはずだと信じていた。もちろんアシュリーだって。

それなのに。


「聞きたいことは聞けたし、そろそろお別れかな」


ずっと首にあたっていた金属の感触がなくなる。と同時に、何だか意識がふわふわしてくる。


何が起こっているのか。これから自分はどうなるのか。

そんなことを考える余裕は、リリアには残されていなかった。



「じゃあね」



薄れゆく意識の中、アシュリーの声が最後に聞こえた。





     ◇◇◇





ひとりの男爵令嬢の行方が分からなくなった。


王宮に仕える魔術師とその婚約者の懸命な働きによって罪を暴かれた後投獄されていたが、ある朝巡回に行くと、忽然と姿を消していたらしい。

現在地はおろか、令嬢の生死も不明である。


一時期件の令嬢に入れ込み、婚約者に冷たく当たっていると噂された魔術師は、魔除けのお守りを身につけて自らが囮になり摘発に貢献した。

婚約者の侯爵令嬢は、真っ先に王宮内で魅了魔法が使用されていることに気づき、魔術師と共に全力を尽くした。


その一件からあと、あんなに冷たく接していたのが噓のように仲睦まじい姿の二人がいろいろな場所で見られていたそうだ。


不思議な世界観。


最後までお読みいただきありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[一言] ふと、幼少期から魅了を使用してそれに慣れてしまえば、魅了の何が悪いかわからないのも当然というパターンもあるのだなと。 ある意味新しい見地で面白かったです。 仮に生まれた瞬間から魅了が発動し、…
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