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短編(シュール)

今日もいつも通り日常は流れ、いつも通りどこか変

作者: 鞠目

 お昼の12時ぴったり、社内に無機質なチャイムが鳴る。お昼を告げる気だるいチャイムが。私はそれを聞いて席を立つ。口は勝手に「よいしょ」と言ってた。

「お昼ご飯を買ってきます」

 向かいのデスクであくびをしているジャマイカ出身の上司に宣言し、スカートのポケットにスマートフォンを突っ込み、私はがま口財布を片手にエレベーターへ向かう。

「キヲツケテネー」

 上司が背後から声をかけてくれた。普段は流暢(りゅうちょう)な日本語なのに、なぜか昼休みになるとカタコトな発音になる時がある。実はわざとしてるんじゃないかなあと思っている私は背中で上司の言葉を聞きながら歩き続ける。

 エレベーターホールには私一人。下矢印のボタンを押してエレベーターが来るのを待つ。肩こりのせいか首を回すとパキポキと音が鳴った。

 すぐにエレベーターはやってきた。運がいいなと思いながらエレベーターに乗る。私しか乗っていないエレベーターは途中の階で止まることなく8階から一気に1階へ向かった。私はなんだか特別待遇を受けたような優雅な気持ちでエレベーターを降りた。

 お昼ご飯。悩んだ結果、私は鶏肉飯(ジーローハン)を買いに行くことにした。台湾のB級グルメで、鶏肉と香味油で炒めた玉ねぎを載せたあっさりした味付けのご飯。私は最近これにハマっている。

 会社の前の道を北にまっすぐ行ったところに台湾料理のテイクアウト専門店がある。ちゃきちゃき歩いても片道徒歩5分。ちょっとしんどいなあ、なんて思い怯んだけれど初夏の日差しを浴びながら私は歩きはじめた。


 会社から歩きはじめてすぐに道路工事をしている現場に出くわした。

 どどどどどどど……

 ががががががが……

 大きな音が周りに響き渡る。工事現場を横切る時、赤い棒を持った交通誘導員のおじさんが笑顔でぺこりと頭を下げてくれた。私はおじさんに「お疲れ様です」と言って頭を下げた。


「えーそんな男なんてさっさと捨てたらいいのに。もっとマシな男を紹介してあげようか? え? ああ、違う違う。最近はあいつとは会ってないよ……」

 工事現場を通り抜けて歩き続けていると、突然大きな声が聞こえた。声がする方を見るとブレザー姿の女子高生が電信柱にもたれかかっている。

 スクールバッグを肩にかけ、腕組みをしながら目を閉じている彼女は彫刻のように微動だにしない。口はきゅっと閉じているのに何故か彼女から声が聞こえる。不思議に思いながらも私はそんな彼女の横を黙って通り過ぎた。


 横断歩道を渡り高層マンションの前を通る。マンションの周りではエントランス付近の花壇の手入れをする業者の人がたくさんいた。植木の枝を切る人、雑草を抜く人、ほうきで落ち葉を集める人、20人ほどの人たちが忙しそうに動き回っている。

「水の用意ができました!」

 彼らの横を通り過ぎる時、そんな報告の声が聞こえた。花壇の植物に水をまくのかもしれない。花壇のお手入れも大変だなあと思う。


 台湾料理のお店が見えてきた。お店の方から美味しそうな台湾料理の香りが漂ってくる。やっぱり諦めずに来てよかった。私はお店の注文窓口に向かった。

「すみません」

 誰もいない店内に向かって叫ぶ。すると「はーい」という声とともにおだんご頭がよく似合うかわいい女性が奥から出てきてくれた。

鶏肉飯(ジーローハン)の並一つお願いします」

「500円です」

 私は500円玉を小さながま口から取り出して払った。

「素敵ながま口ですね」

 店員さんはにこにこしながらそう言って鶏肉飯のお弁当とプラスチックスプーンが入った紙袋を手渡してくれた。

「ありがとうございます」

 私はなんだか嬉しくなった。


 時計を見ると12時6分。今から戻れば12時15分には食べ始めることができるだろう。私は会社に向かって歩きはじめた。

 すいーっと私の横を自転車が追い抜いた。かわいい黄色い自転車。でも私はその自転車から目が離せなかった。だって自転車の前カゴに小さなカンガルーが乗っていたから。たぶんあれはぬいぐるみじゃなかったと思う。

 最近、私は気づいたことがある。何気なく見ていると気がつかないけれど、最近世界がちょっと変だ。いや、どうなんだろう。私が気がついたのが最近なだけかもしれない。

 高層マンションの前を通る。花壇の手入れをしていた業者の人たちはみんなエントランスの前の広場に集まっていた。そしてそこでさっきまで集めていたであろう落ち葉や枝で焚き火をしている。

 軽自動車ほどの大きな焚き火で煙がもくもくと上がっている。焚き火の周りでは業者の人たちが焼いたマシュマロを食べていた。すごく美味しそうだ。

 マンションの人たちは煙のことで文句を言わないのかしら、なんて思っているとマンションからたくさんの人たちが出てきて一緒にマシュマロを食べはじめた。なんだかみんな楽しそうだ。


「だから本当だって。もっといい男なんてたくさんいるよ」

 さっき見た女子高生はまだ電信柱にもたれかかっていた。彼女の口はやっぱり動いていない。でもやはり声が聞こえる。

 すれ違う時に観察してみると彼女の後頭部に口があり、その口がべらべらと大きな声で話しているのに気がついた。しかも彼女の後ろ髪が手のような形になっていて後頭部の口のそばでスマートフォンを握りしめていた。私は思わずびっくりして持っていた紙袋を落としそうになった。

 そういえば子どもの頃に図書館で見た妖怪図鑑にこんな妖怪がいた気がする。なんて名前だったかな。思い出せそうなんだけどあと少しのところで思い出せない。私はもやもやしながら歩き続けることにした。


 会社のそばの工事現場まで戻ってきた。もう大きな音はしていない。何をしているのか気になって見てみると、作業服を着た5人の男の人が道路にぽっかりとあいた2メートル四方の穴に向かってたくさんの錦鯉を放っていた。

「これでこの道路も安心だ」

「そうだな、20年は大丈夫だろう」

 穴の中にはたっぷりの水が入っていて、優雅に泳ぐ錦鯉を見た男の人たちが満足そうに話しているのが聞こえた。


 会社のビルが見えてきた。強い日差しのせいで少し汗ばんできた。お腹も減ったし早くデスクに戻りたい。そんなことを考えていると、ずしんと大きな音が聞こえた。

 何事だろう、私は気になって周りを見渡す。すると会社のビルから伸びた影が震えているのが見えた。そして影は特撮映画に出てくる二足歩行の怪獣のような形になると隣のビルの影の中に潜っていった。私の会社のビルにあった影は綺麗になくなり、影があった場所は日向になった。

 衝撃的な光景を見ていつの間にか私は立ち止まっていた。右手が軽いなと思い見ると、私はお弁当が入った紙袋を地面に落としていた。

「やっちまった……」

 思わずため息が溢れる。


「オカエリナサイ」

 デスクに戻るとジャマイカ出身の上司が100万ルクスの眩しい笑顔とともに缶コーヒーを手渡してくれた。

「ありがとうございます」

 冷たい缶がひやりと気持ちいい。

「今日も大きなトラブルはないし、急な仕事もないし、残業せずにみんな帰れそうだね」

 上司が流暢な日本語で話しかけてきた。

「そうですね。最近はトラブルがなく平和で助かります」

「本当だね。それに余裕が生まれると見落としていたものがよく見えるようになって楽しいね」

「そうですね」

 私たちは顔を見合わせ笑い合った。


 今日も世界はいつも通りだ。私の周りでは穏やかな日常が流れている。世界はいつも通り穏やかで、いつも通りどこか変だ。


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― 新着の感想 ―
[良い点] ∀・)「何かが毎日と変わっている違和感」でもそれが「あたりまえに過ごしている毎日」に何の疑いもなく変換されているおはなしだと思いました。この感覚が何か不思議なんだけど、鞠目さんだからこそ出…
[良い点] 回りが異常だらけだと、それは通常となって、主人公のみが異常なのかもしれないですね……。 ((( ;゜Д゜)))
[一言] 素敵な日常ですね。 退屈な毎日が少し面白くなりますね。 完全に崩壊してしまわない程度の崩れっぷりが面白い。 皆で焼きマシュマロ楽しそう。 今度やろうかな。
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