豪風のアリサ
場は静粛に包まれた。ダストもグラッドも動かない。両者ともに機会を窺っている。周りの雷風隊の隊員も動かなかった。その永遠に続くかと思われた静粛で先に動いたのは、グラッドだった。
「アリサ!合わせろ!」
「了解」
アリサと言われた女は、先程ダストに向かってウインドスピアを放った女だった。そしてダストは思い出した。雷風隊副隊長、『豪風のアリサ』を。
「なるほど。お前がアリサか」
ダストは納得した。あのアリサならあれほどの魔法を放つのも有り得ると。しかし、納得している間をグラッドが待つわけもなく、目の前に来ていた。それぐらいはダストもわかっていて、グラッドの剣をナタで流しながら受け後ろにに下がる。その瞬間
「渦巻け」
ダストの足は風にすくわれ体は宙に浮いた。
(クソ!ただでさえ大陸で単体最強のグラッドでも大変なのに、サポート特化のアリサまで相手にしたら勝率が百から一パーセント落ちちまう。こんな事なら、先にアリサをちゃんと倒しておくべきだった)
ダストは後悔していた。己の計画性のなさを。しかし、楽に勝てると思ってもいた。ダストにとっての勝ちとは、一時間稼ぐ事で雷風隊を全滅させることでは無いからだ。
グラッドの剣がダストの命を刈り取らんとした。だが、ダストは消えた。ナタを残して。グラッドは即座に周りを警戒した。何故なら、一度ダストが消えた時、自身から離れた場所に現れたから、転移系のと魔道具か魔術を持っていると踏んだからだ。その時にはもうダストが置いていったナタの事など頭の中には無かった。
「隊長、今すぐそこから離れた方が良い」
アリサが忠告したとき、一瞬グラッドの意識がアリサに傾いた。その時を待っていたと言わんばかりにダストが現れ、グラッドの背後からナイフで攻撃した。
グラッドはその攻撃を避けたはずだった。その一撃は確かにグラッドの腹を切った。グラッドは慌てて一歩下がり体制を整えたが、腹の傷は致命傷では無いが確実に不利になり得るに足る傷だった。
「ウインドブラスト」
アリサは、ダストを目掛けて魔法を打った。ダストがグラッドに追撃するのを恐れたからだ。
ダストはナタの下から出てきて、グラッドの背後に回り込み攻撃した。ナタはダストの影に吸い込まれ、ダストの右腕は攻撃の瞬間、二つになった。片方はグラッドの胸を、もう片方はグラッドの腹に向かって攻撃した。アリサは、その一連の行動を見てある確信を得た。この男は魔道具への共鳴値が高く、そして、複数の魔道具を持っていると。
「共鳴せし者なの?」
ダストは何も言わない。その沈黙を肯定と捉えるか、否定と捉えるか、どちらが正解なのかアリサには分からなかった。
「クソ!おい、お前ら!アレ、持ってこい!」
グラッドは、自身の傷に小さな箱を押し付けた。すると、傷は即座に塞がった。
「リカバリーボックス、か」
ダストは自身の運の悪さに落胆した。グラッドに与えた一撃は、この戦いを有利にするはずだった。しかし、それはある一つのギフトによって覆る。『リカバリーボックス』理論上、あらゆる傷を治すことができる箱。大きさによって効果に差があるが、持ち運びやすさと即効性で便利なギフトだ。
(最悪だ。もうグラッドは俺に隙を見せないだろう。さらに俺の魔道具の能力にも気付かれただろうし、この戦い、現状、不利なのは俺の方か。ただグラッドが使ったのは、応急処置用の大きさだったのが救いか?いや、グラッドほどの男がリカバリーボックスを持っていない訳がないんだ。それを想定していなかった俺が悪いな)
ダストは、また雷風隊と正面から対峙する。
一時間まで残り五十二分
ギフトとは、
神の使いを名乗る鋼の人間が、人々に与える箱の総称。箱の中身は、リカバリーボックスのような消耗品だったり、特殊能力を与えるものもある。
鋼の人間は人々によってある伝承から『天使』と言われる。
ギフトとから得られる特殊能力は、魔道具を超えるものが多く、『権能』と言われる。