ある戦場の捨て駒隊にて
「今、東からグラッドが攻めてくると連絡が来た」
「グラッドって、雷装のグラッドか⁈」
「ああ、そして我が隊はグラッド率いる特攻隊を抑える命を受けた。ここに団長として命じる、一秒でも良い時間を稼げ!」
イルン歴983年、ラインザット国は、センジバル国との戦争が始まった。その始まりからラインザット国の敗北は目に見えて明らかだった。しかしラインザットの貴族らは、何とかしてセンジバルにダメージを与え、交渉を少しでも有利にする為に、降伏せずに戦争を続けていた。それから、2年経ち我慢の限界になったセンジバルは、これまで出陣させていなかった王直属の近衛、第三王子、グラッド・センジバル率いる雷風隊が戦場に現れた。この瞬間、ラインザットは完膚なきまでに叩き潰されると、誰もがそう思った。たった一人の男を除いて、
「団長、もし俺の給料を金貨二千枚にしてくれたら雷風隊を俺が抑えてやる」
その瞬間、今さっきまで騒いでいた者全てが黙り、辺りは静粛に包まれた。誰もが喋る事を躊躇っていると、男はまた口を開いた。
「早く決めてくれ、簡単だろ。成功したらたった金貨二千枚でこの隊全ての命が守られ、任務も達成する。失敗したらバカな傭兵一人が死ぬだけだ」
男からは絶対的な自信が感じられた。そして、団長以外の者達が口々にいい始めた。「任せてみてもいいんじゃないか」と、それから徐々に全ての決定権を男に託し始めた。誰も男を疑うなんて考えが無かった。いや、疑いたく無かったのだ。今から戦う雷風隊は、大陸最強とまで言われている。それに加えて本軍からの時間稼ぎ命令、これは捨て駒と言っても過言では無かった。いや、捨て駒でしか無かった。そんな時目の前に現れた一筋の光、皆はその光に魅了された。
「団長、あと一つだけ頼みがある」
「何だ?」
「その勲章を貸してくれ。そのかわり手柄は団長、あんたのもんだ。俺は金が手に入れば良いからな」
団長と呼ばれた男、クライスは平民上がりの団長だ。クライスは中々男を信じる事が出来ないでいた。たった一人で大陸最強と謳われる雷風隊を足止めし、その手柄は自分に渡すと言う。そんな事を思っていると雷風隊が迫って来た。
「よしアンタらは、さっさと転移魔法で前線から撤退しろ。団長、勲章を貸してくれ」
「ひとつだけ聞いても良いか?」
「何だ?」
「お前は一体何者だ?」
その言葉を聞いた瞬間、男は笑い出した。
「何だよ、そんな事か。俺はダスト、ただのダストだ」
「まさか、あの『顔無しの傭兵』か?」
ダストは答えない。ただニヤリと笑っているだけだ。しかしクライスは、それを答えとした。そして確信した。今だけはこの傭兵ほど頼りになる者は居ないと。
「団長、転移魔法の準備、整いました」
「わかった。すぐ行く」
「ちょっと待ってくれ。団長」
「なんだ」
「一時間だ。俺が確実にアイツらを足止めできる時間は一時間が限度だ。それだけはず覚えていてくれ」
「わかった。一時間頼むぞ」
雷風隊が音が聞こえるほど近づいて来た。もう猶予は無い。
「転移魔法、発動します。テレポート‼︎」
テレポートする瞬間、ダストの顔がクライスになった。クライスはもう驚かない。ただ、ダストの勝利を願うだけだ。転移魔法は成功した。あと少し遅れていたら雷風隊が間に合っていただろう。そしてここには雷風隊とダストだけがいた。