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ノックをする音。
パスティア卿が「入れ」と命じると、部屋に別のメイドが入ってきた。
メイドが押してきた金属製のワゴンには一人分の食事が載っている。魚料理だ。
「旦那さま。クローディアさま。食事の準備ができました」
いよいよか。
これから俺たちはクロノスの仕組んだ罠に身を投じることになる。
間違いなく危険が潜んでいる。
パスティア卿は病気で身体を動かせないため、ふだんからベッドの上で食事をとっているのだという。今回の晩さん会にも出席できないのだと言った。パスティア卿の容体は心配だが、今回はそのほうが身の危険にさらさず安全だろう。
「クローディアよ。重々気をつけるのだぞ。己が野心のため兄たちを殺したクロノスだ。なにが起こってもおかしくない」
「ご安心ください。お父さま。わたくしにはアッシュさんたちがいますから」
「くれぐれもよろしく頼むよ。アッシュくん」
「俺たちがクロノスの野望を止めてみせます」
「ですっ」
「なのじゃ」
そうして俺たちはクロノスの待つ食堂へと向かった。
メイドに案内されるまま長い廊下を歩き、大きな扉の前へとたどり着く。
メイドが扉を開けると、中は長方形に広い部屋になっていた。
部屋の中央には部屋の広さに合わせた長いテーブルがある。白いテーブルクロスのかかったテーブルには俺たちのぶんのナイフとフォークがすでに置かれていた。
ガルディア家はここに他の貴族たちを招いて食事会を開くのだろう。
壁には美しい自然が描かれた絵画がいくつも飾られている。
反対側の大きな窓からはパスティアの広大な針葉樹林が見渡せる。
「やあやあ、姉さん。父上の体調はどうだった?」
テーブルにはすでにクロノスが着いていた。
そして彼の斜め後ろには妙な人物が立っていた。
俺たちを襲った暗殺者たちと同じ、丈の長いローブを身にまとった男。
年齢は20代後半くらい。
整った顔立ちをしているが、その顔に表情はなく、微動だにしないのも合わさって精巧な彫像のような印象を与えてくる。
クロノスの護衛だろうか。
不気味だ。
「クロノス。後ろのその男は」
「ああ。彼の名前はナイトホーク。ガルディア家の顧問さ」
「顧問……?」
いぶかるディア。
ナイトホークと呼ばれた男の瞳がわずかに動き、ディアを捉える。
ディアはその鋭い視線に射られてたじろいだ。
「ほら、父上が病気になってからというもの、領地の経営が滞ってたじゃない? しかも父上の仕事を引き継ぐはずだった兄上たちまで大変不幸な事故でまとめて死んじゃったし」
不幸な事故、とは――なんとも白々しい。
「今、父上の代理として領地を経営しているのは僕だ。残念ながら僕はその手のことはさっぱりわからないから、僕に助言をしてもらうため、ナイトホークを顧問として雇ったのさ」
「つまり、おぬしの後見人じゃな」
ナイトホークからは冷たい刃のような気配が漂ってきている。
顧問というよりは、クロノスが雇った暗殺者と言われたほうがしっくりくる。
というか、間違いなくこの男が暗殺者たちの親玉だろう。




