13-5
マ、マリア!?
思いもよらぬ人物の名前がプリシラの口から出てきて俺をうろたえさせた。
マリアが誰なのかわからないディアは「マリアさん、ですか……?」と小首をかしげている。
「マリアさまは、アッシュさまの幼馴染で――」
「幼馴染で……?」
「将来、結婚するのを約束された仲なのですっ」
「結婚の約束!?」
ドンッ。
テーブルに手をついて勢いよく立ち上がるディア。
「それは本当なのですか!?」
「本当ですよっ。ですよねっ、アッシュさま」
「いや、それは……」
プリシラに同意を求められ、俺は口ごもってしまう。
確かにマリアは俺の幼馴染だが、結婚の約束はマリアの一方的な思い込みだ。
頭の中で言葉を整理して、それを口に出そうとしたとき、ディアの目に涙がたまっているのに気付いた。
「そのマリアさんという方と結婚の約束をしているにもかかわらず、わたくしとの結婚を考えるとアッシュさんはおっしゃったのですか……」
涙ぐむディア。
そしてテーブルの上のこぶしは固く握られて震えている。
悲しみの中に静かな怒りを感じる。
早く弁解しないと手遅れになる。
「アッシュさんの……」
「ディア。これはな――」
「アッシュさんのバカーッ!」
ディアが勢いよく腕を振る。
彼女の手からなにかが投げ放たれ、俺の額に直撃した。
イスもろとも床に倒れる。
痛い……。
すさまじく痛い。
視界の端に、蒼く光る珠が転がっているのが映る。
セオソフィー。
どうやれディアはこれを俺に向かって投げたらしい。
どうりで痛いはずだ……。
「アッシュさま! アッシュさま! だいじょうぶですか!?」
プリシラが俺の身体をしきりに揺する。
怒りが未だ収まらないディアはぷるぷると全身を震わせている。
「わ、わたくしが本当にそろそろ結婚しないといけない歳なのを知っておきながら……。ひどいです」
「あっ、でも、結婚の約束はマリアさまの思い違いだったんでしたっけ」
今更遅いぞプリシラ。
それから俺はマリアとの関係を説明して誤解を解いたが、それでもディアは納得いかないらしく、行き場のない憤りを持て余して拗ねた面持ちをしていた。
「恋愛というのはまこと大変じゃのう、アッシュよ。のじゃじゃじゃじゃっ」
俺とディアとプリシラのやり取りが相当愉快だったらしく、スセリは額を赤くした俺を指さして笑っていた。自分の子孫の結婚問題であるのに、完全に他人事だった。
「そ、それよりも、だ。これからどうする?」
俺たちにはやるべきことが二つある。
ひとつはスセリの新たな身体を手に入れること。
もうひとつはディアの弟クロノスからガルディア家を取り戻すこと。
どちらを先にやるべきか。




