119-1
「ラニス。キミが犠牲になる必要なんてないんだ。逃げよう」
「……」
うつむくラニス。
悲痛な面持ちから葛藤がうかがえる。
「……わたしは生まれ育った村が好きです。村の人たちの期待は裏切れません」
「いけにえなんて無意味なんだ」
「そうかもしれません。都会に住んでいるみなさんからすれば迷信を信じている田舎者に見えるのかもしれません。でも、わたしたちにはわたしたちの習わしがあるんです。この離島で生きていくための教訓を含んだ習わしが」
スセリがラニスの横顔を覗き込む。
「四季の園には神などおらんじゃろう。これまで捧げられてきた人間は聖域の奥地で衰弱して死んでいったか、魔物に食い殺されたかに違いあるまい。このままではおぬしも同じ末路をたどるのじゃぞ」
「……それでいいんです。いけにえは、捧げられてこそ生きている人たちにとって意味のあるものになるのですから」
ラニスはかしこい。
かしこいからこそ、自分の役目が因習の残る村にどれほどの影響を及ぼすか自覚している。
彼女がもっと自分本位なら、都会にかぶれていたら、無意味な役目など投げうってくれただろうに。
「そこまで意固地になるのなら無理強いはせん。じゃが、ワシらは確かめさせてもらうのじゃ。おぬしらが崇める『神』とやらの正体を」
「ですが、決して神の正体を暴いても村の人たちには教えないでください。村には『神』が必要なんです」
もどかしい。
これが、古い習わしの残った集落で生まれた少女の運命だなんて。
俺はかつてない無力さを痛感していた。
これは死の運命に縛られた少女を救い出す物語ではない。
俺は勇者にはなれない。
なれないのか……?
島の東の端にある『四季の園』にたどり着いた。
「すごい……」
「きれいですわ」
白、桃色、黄色……。
その聖域は色とりどりの花が満開だった。
ミツバチが花をめぐり、木の枝にとまった鳥たちが歌を歌っている。
花のかおりとぽかぽかとした日差し。
先ほどまでの陰鬱な気持ちを拭い去る、のどかな光景だった。
「ここは春の地です」
四季の園は、その名のとおり春、夏、秋、冬がそれぞれの場所に存在していおり、いけにえに捧げられた者とその守護者は四季をめぐりながら聖域の深部まで行くのだとラニスが説明してくれた。
こんな楽園のような地があるのなら、村の人々が神を信じるのもうなずける。
「行きましょう」
俺たちは聖域の奥へと進んでいく。
満開の花を眺めながら道を進んでいくと、魔物に出くわした。
白いカマキリの姿をした魔物だ。
本物のそれと違うのは、大きさが人間の倍はあることくらいだ。
両腕のカマで挟まれたら、まっぷたつにされるだろう。
カマキリの魔物は俺たちを獲物と認識して、ゆっくりと近づいてくる。
俺は魔書『オーレオール』の魔力を借りて魔法を発動する。
「炎よ!」
手から放たれた火炎弾がカマキリの魔物に直撃する。
炎上したカマキリはじたばたともがいていたが、やがて倒れて焼き尽くされた。




