117-5
ティータイムのあと、俺たちは庭に出ていた。
俺とキィが木剣を持って対峙しているのを、プリシラとマリアとスセリが見守っている。
――勝負しよう。
そう、やぶからぼうにキィが言ったのだ。
――なに、果たし合いをしようというわけじゃない。今回の旅で自分たちがどれだけ強くなったのか、腕試しをしようじゃないか。
というわけで、俺とキィは戦うことになったのだ。
「アッシュさまもキィさまもがんばってくださーいっ」
「アッシュ。ランフォード家に敗北は許されませんことよ」
「ワシはアッシュに銅貨一枚賭けるのじゃ」
三人が声援を送る。
「……」
キィがじっと俺を見つめている。
落ち着いた表情をしている。
たとえるなら、凪の訪れた海。
迷いは見えない。
俺は木剣の柄をぎゅっと握りしめて気を引き締める。
そしてキィを真正面から見つめ返した。
勇ましい性格とは裏腹に、彼女は童顔。
実際子供なのだから、顔も相応なのは当然なのだが。
最初はもっと切羽詰まった顔ばかりしていたな。
「いくぞ。アッシュ・ランフォード」
その瞬間、キィの姿が消える。
かと思いきや、目の前に彼女の姿が突如として出現した。
なんて速さだ。
俺は彼女の木剣の一撃を木剣で受け止める。
カンッと乾いた音が空に響く。
彼女の勇猛果敢な連撃を続けざまに防御する。
攻撃と攻撃のわずかな隙間を狙って俺も反撃を繰り出す。
キィはそれを防御する。
攻撃と攻撃の応酬。
それを制したのは俺だった。
「あっ」
キィの動きを見切った俺は、彼女の木剣を弾き飛ばした。
彼女の手からすっぽ抜けた木剣はくるくると回転しながら宙を舞い、曲線を描きつつ庭の隅に落ちた。
キィはぽかんと呆けていた。
自分の手と、地面に落ちた木剣を交互に見ていた。
静寂を破ったのはプリシラだった。
「アッシュさまの勝ちですーっ」
プリシラが駆け寄ってきて俺の手を握った。
続いてマリアとスセリもやってくる。
「おしかったですわね、キィ。あなたも勇ましい猛攻でしたわ」
「だが、負けは負けだ」
意外にもキィはくやしがってはおらず、むしろすがすがしい表情をしていた。
こんなにあっさり負けを認めるとは。
「キィ。一瞬だけ、ほんの一瞬だけ考えごとをしたか?」
「気づいていたか」
苦笑するキィ。
剣と剣の打ち合いのさなか、一瞬だけ彼女は油断を見せたのだ。
その油断がなんだったのかわからず、俺は勝利したにもかかわらずもやもやとした気分が晴れなかった。
「私としたことが、戦いのさなかに考えごとをするなんてな」
「なにを考えていたんだ」
「そ、それは……」
キィが視線をそらし、照れくさげに頬をかく。
「き、きさまみたいな『お兄ちゃん』とこんなふうに毎日稽古できたらな、って……」
それからもときどき彼女とお茶をしたり稽古したりするが、『お兄ちゃん』とうっかり口にしたのはこのときかぎりだった。




