表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

819/842

117-5

 ティータイムのあと、俺たちは庭に出ていた。

 俺とキィが木剣を持って対峙しているのを、プリシラとマリアとスセリが見守っている。


 ――勝負しよう。

 そう、やぶからぼうにキィが言ったのだ。


 ――なに、果たし合いをしようというわけじゃない。今回の旅で自分たちがどれだけ強くなったのか、腕試しをしようじゃないか。

 というわけで、俺とキィは戦うことになったのだ。


「アッシュさまもキィさまもがんばってくださーいっ」

「アッシュ。ランフォード家に敗北は許されませんことよ」

「ワシはアッシュに銅貨一枚賭けるのじゃ」


 三人が声援を送る。


「……」


 キィがじっと俺を見つめている。

 落ち着いた表情をしている。

 たとえるなら、凪の訪れた海。


 迷いは見えない。

 俺は木剣の柄をぎゅっと握りしめて気を引き締める。

 そしてキィを真正面から見つめ返した。


 勇ましい性格とは裏腹に、彼女は童顔。

 実際子供なのだから、顔も相応なのは当然なのだが。

 最初はもっと切羽詰まった顔ばかりしていたな。


「いくぞ。アッシュ・ランフォード」


 その瞬間、キィの姿が消える。

 かと思いきや、目の前に彼女の姿が突如として出現した。

 なんて速さだ。


 俺は彼女の木剣の一撃を木剣で受け止める。

 カンッと乾いた音が空に響く。

 彼女の勇猛果敢な連撃を続けざまに防御する。


 攻撃と攻撃のわずかな隙間を狙って俺も反撃を繰り出す。

 キィはそれを防御する。

 攻撃と攻撃の応酬。


 それを制したのは俺だった。


「あっ」


 キィの動きを見切った俺は、彼女の木剣を弾き飛ばした。

 彼女の手からすっぽ抜けた木剣はくるくると回転しながら宙を舞い、曲線を描きつつ庭の隅に落ちた。


 キィはぽかんと呆けていた。

 自分の手と、地面に落ちた木剣を交互に見ていた。

 静寂を破ったのはプリシラだった。

 

「アッシュさまの勝ちですーっ」


 プリシラが駆け寄ってきて俺の手を握った。

 続いてマリアとスセリもやってくる。


「おしかったですわね、キィ。あなたも勇ましい猛攻でしたわ」

「だが、負けは負けだ」


 意外にもキィはくやしがってはおらず、むしろすがすがしい表情をしていた。

 こんなにあっさり負けを認めるとは。


「キィ。一瞬だけ、ほんの一瞬だけ考えごとをしたか?」

「気づいていたか」


 苦笑するキィ。

 剣と剣の打ち合いのさなか、一瞬だけ彼女は油断を見せたのだ。

 その油断がなんだったのかわからず、俺は勝利したにもかかわらずもやもやとした気分が晴れなかった。


「私としたことが、戦いのさなかに考えごとをするなんてな」

「なにを考えていたんだ」

「そ、それは……」


 キィが視線をそらし、照れくさげに頬をかく。


「き、きさまみたいな『お兄ちゃん』とこんなふうに毎日稽古できたらな、って……」


 それからもときどき彼女とお茶をしたり稽古したりするが、『お兄ちゃん』とうっかり口にしたのはこのときかぎりだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ