116-5
「そにれしても、ディアトリア王国はよく和平に応じてくれたな」
その夜、俺はキィの部屋で彼女と二人きりで話していた。
同情するかはともかくとして、ディアトリア王国からすれば領土の一部を盗まれたも同然。和平などに応じず力ずくでねじ伏せる手段を取ってもおかしくなかった。
「どうやってディアトリア王国を説得できたんだ?」
「なんだ、そんなことを聞きたかったのか」
キィがつまらなそうに返事をした。
「『イス帝国を国家とは認めない』とグレイス王国は主張する――そう陛下は書簡で約束したんだ」
なるほど。
大国が味方してくれるというのならディアトリア王国はよろこんで交渉の席に着く。
国王陛下も最初に言ってたっけな。『グレイス王国はディアトリア王国の肩を持つ』と。
「でも、そうなるとイス帝国はかわいそうだな」
「かわいそう?」
キィが眉をひそめる。
「悪政に苦しむ王族から国民を解放するために独立したのに、それを大国の力でねじ伏せられてしまうなんて」
俺がそう言うと、キィは呆れたふうにため息をついた。
「そんなこと、私たちには関係ないだろ」
「キィはかわいそうだと思わないのか?」
「思わない」
あっさりと言われてしまった。
キィはびしっと俺を指さす。
「アッシュ・ランフォード。思いあがるな。国家間の関係にまで感傷的になるなんて、分際をわきまえろ」
彼女の言うとおりだ。
これは仲たがいした友達同士の仲裁ではない。
個人がどうこう言うなんてはなからおかしい、国家と国家の戦いなのだ。
「ちょっと活躍したからって英雄気取りになるなんて」
「そんなつもりはないんだが……」
「私にはそうとしか見えなかったがな。物語の主人公になりきっていた」
……他人の口から言われてようやく自覚してきた。
困った人を放っておけなかった。
自分なら助けられると思っていた。
うぬぼれていた。
使命を忘れて脇道にそれておせっかいをやく俺を、プリシラやスセリは美点と言ってくれた。
けど、キィはきっとやきもきとした気持ちでいたのだろう。
使命感に関しては彼女が一番強い。
未熟さを痛感した俺は体温が高まるのを感じるほど恥ずかしくなってしまう。
「ただ」
キィが星がまたたく夜空が見える窓に目をやる。
「きさまのそういうところに人々は惹かれたのだろうけどな」
「キィ」
「見捨てたくないという想いが今のきさまをつくったのだろう。それを成し遂げる意志と力が伴っていたから、物語の主人公になりきっても許されてきたんだ。ギリギリな」
ギリギリ、の一言がキィの照れくささを表していた。
「そういう人間が一人くらいいても悪くないのかもしれない」
「ありがとう、キィ」
「まったく」
キィは小さく笑った。
「まあ、私ときさまの関係もこれっきりだがな」
「え?」
俺はきょとんとする。
「和平の使者としての役目はもう終わる。そうしたらこの旅も終わりだ」
だから俺たちの関係も終わり。
そう言いたいのだろうか。




