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皇帝は苦笑する。
「かつてディアトリア王国の民だったイス帝国の民は重税と悪法に苦しんでいた。結果的に彼らを悪政から解放できるのなら、私は国家として独立することには固執していない。……おっと、今のは無神経な発言だったか」
立派な人だ。
彼が一国の主になる野心を抱いていたら交渉は難航するところだったろう。
いい落としどころを見つけられそうだ。
それから俺たちは個室に案内されて荷物を置いたあと、夕食でごちそうをふるまわれた。
さすがはマリア。マナーを心得ていて上品にナイフとフォークを動かしている。
プリシラはおっかなびっくり、俺とマリアをまねして食べている。
意外にもキィもマリアに負けず上品な食べ方をしていた。
スセリは皇帝の前であるにもかかわらず、やはり好き勝手に飲み食いしていた。
バルコニー。
夜空には無数の星がまたたいている。
俺とプリシラは二人で星空を見上げていた。
「きれいな星ですね、アッシュさまっ」
むじゃきによろこぶプリシラ。
「しし座のレグルスがよく見えるな」
「アッシュさま、星座がわかるんですねっ。すごいですっ。どの星がレグルスなんですか?」
「あの一番明るい星がレグルスだ」
空を指さすが、たぶんそれだけではわからないだろう。
それでもプリシラは「なるほどなるほど」と感心してくれた。
「今は魔法道具の羅針盤があるけれど、大昔は星座を頼りに航海していたんだ。明るい星を目印にして」
「昔の人にとって、星は道しるべだったんですね」
会話が途切れる。
気まずくはない。
俺もプリシラも心地よい静寂に身をゆだねていた。
プリシラの肩が触れる。
自然と彼女は俺に寄りかかってきた。
俺は彼女の肩を抱き寄せる。
小さな身体だ。
俺の腕の中にすっぽりと収まる。
頭のてっぺんから生えた獣耳が肌に触れてくすぐったい。
プリシラは体重を俺に預けて身体をゆだねている。
誰かに頼られるのはやはり心地いい。
自分を認めてくれているあかしだからだろうか。
かつて俺は『出来損ない』と蔑まれていた。
そんな俺も未だは多くの人に頼られるようになった。
多くの人たちに認めてもらえた。
運命というのはどう動くのかわからないものだ。
俺はもう『出来損ない』ではない。
誰かのための『アッシュ・ランフォード』として生きている。
その確信はうぬぼれではない。
その証拠に今、俺に身をゆだねてくれている少女がいるではないか。
「……すー」
気がつくとプリシラが俺の腕の中で寝息を立てていた。
かわいい寝顔だ。
やわらかそうなほっぺたをつっつきたくなる衝動に駆られる。
彼女を起こさないよう、やさしく抱きかかえて俺はバルコニーを後にした。




