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「プリシラ。これは遠足ではありませんことよ。和平の使者になったとしたら、それをじゃまする敵にも襲われますのよ」
「ええっ!?」
驚くプリシラ。
「誰がじゃまをするのですか?」
「ディアトリア王国とイス帝国の争いで得をする者ですわ」
残念だが、戦争は必ずしも悪しきことではない。
戦争が起きると武器や食料などの需要が高まり、その生産者が大いに儲かる。
それだけではない。戦争が起こるたび、人類は魔法や兵器、通信などの技術を進歩させてきた。
戦争は文明を発展させる起爆剤にもなるのだ。
「密偵によると、ヴォルカニア王国がこの争いに一枚噛んでいるらしい」
ヴォルカニア王国は硝石の輸出国として有名である。
硝石は火薬の材料。
戦争が起きれば一気に需要が高まる。
ヴォルカニア王国にしてみれば、和平の使者なんてせっかくの儲けの機会を台無しにしようとする敵に他ならない。
「戦争をしがたっている人がいるんですね……」
プリシラはしゅんとしなびた。
「俺たちで争いを止めよう。プリシラ」
「……はいっ。かならず仲直りさせましょうっ」
立ち直ったプリシラは決意をかためたのだった。
「ところで国王よ、肝心の報酬はなんなのじゃ?」
「スセリさまったら、はしたないですわよ」
「仕事にとって報酬は重要じゃろ」
「うむ。和平の使者としての仕事をまっとうしたあかつきには、お前たちの暮らす『シア荘』を改装してやろう」
「わっ、それはすてきですっ」
「いや、悪くはないのじゃが……。まあ、王に恩を売っておくだけでもよしとするか……」
スセリは不満げだった。
「ところで陛下。我が国はイス帝国を国家として認めるのですか?」
「いや、我が国はあくまでディアトリアの肩を持つ。そのうえで両者が納得のいく落としどころを見つけるつもりだ。平和的な解決方法でな」
「だとしたら、イス帝国は和平の使者を拒むのでは」
「心配は無用だ。私の書簡を読めばイスは和平のテーブルに着く。必ずな。お前たちは書簡をお届けることだけを考えろ」
ラピス王女が寄ってきて俺の手を取る。
「大変なお仕事でしょうが、あなたならきっとまっとうできると信じています」
「ありがとうございます、ラピス王女」
謁見が終わり、帰路につく。
「イス帝国を興した人たちは、どうしてディアトリア王国から独立しようと思ったのでしょう?」
プリシラが素朴な疑問を口にする。
「政治の腐敗じゃな。ディアトリア王国は王族や貴族だけが富を独占し、平民をないがしろにしてあまつさえ重税を貸す悪政を続けてきた古臭い国家じゃ。遅かれ早かれ、誰かが立ち上がるのは時間の問題だったのじゃよ」




