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しかし、サルヴァークはそんな脅しも通用しなかった。
「心配は無用だ。我々は強い。いかなる敵であろうと退ける」
するとスセリはにやりと笑った。
「いーや、おぬしらが外に出たところでオード領程度は乗っ取れるじゃろうが、すぐに王国が諸侯をまとめて反撃を開始するじゃろう。そうなればおぬしらは一網打尽じゃ。おぬしらは大陸の人間すべてを敵に回すのじゃよ」
そして彼女は俺から魔書『オーレオール』を奪い、サルヴァークに見せつけた。
魔力を感じ取れるのだろう。サルヴァークがそれをじっと見る。
「じゃが、この万能の魔書があれば話は別じゃ」
なにを考えているんだ、スセリは。
「おっと、奪おうとしても無駄じゃぞ。ワシが認めた者以外が触った瞬間、その者は全身が沸騰して即死する仕掛けになっておる。茹でヘビにはなりたくなかろう?」
本当なのかはったりなのかは定かではないが、サルヴァークはそれに触れるのをやめた。
「これが欲しいじゃろ?」
「……取引かね」
まさかスセリ、魔書『オーレオール』と引き換えに俺たちを牢屋から出すつもりか。
ところが彼女はそんな安易なことは考えていなかった。
スセリは俺の肩にぽんと手を置いた。
「こやつとおぬしで決闘をするのじゃ。この魔書の現在の所有者はこやつじゃ。おぬしが勝てば所有権を譲ってやろう」
「ちょっと、スセリさま!」
「マリアは黙っておれ」
なるほど。そういうことか。
サルヴァークは「ほう」と声を出す。
「彼が勝てば自分たちの命を保障しろ、と言いたいわけだね」
「いや、こやつが勝つのはおぬしが死ぬときじゃ。首魁であるおぬしが死ねば、ヘビ人間どもは哀れに瓦解するじゃろう」
「……」
考え込むサルヴァーク。
「悩む必要はあるまい。おぬしらが生き延びるには、決闘に勝ってこの魔書を奪い、王国と真っ向勝負するしかないのじゃぞ」
「……いいだろう」
スセリは本当に口が上手い。
サルヴァークをまんまと乗せることができた。
しかしこの策略、俺がサルヴァークに勝てるのを前提としている。
勝利を確信してくれている、と好意的に受け止めていいのだろうか。
むろん、俺は負けるつもりなどないのだが。
城の中庭。
普段は兵士の訓練場として使っているのだろう。そこはだだっ広く、矢の的や藁人形が置かれている。
訓練場にはおそらくこの城にいるすべての兵士が集まっている。
俺とサルヴァークは訓練場の中心に向かい合って立っている。
共に剣を手にしている。
「サルヴァークさまー!」
「サルヴァークさまに勝利をー!」
俺たちの戦いを観戦しにやってきた兵士たちは沸き立っている。
プリシラとマリア、妖精のニーナは心配そうに俺たちを見ている。
スセリは普段どおり、のんきそうだ。
「諸君! 私はこの人間に勝利し、勝どきを上げるのを約束しよう! 勝利したあかつきには外の世界へと進出し、安らかに暮らせる寄る辺を手に入れようではないか!」
サルヴァークは剣を高らかに掲げてそう声を上げた。
兵士たちの歓声。




