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「とはいえ大妖精よ。おぬしらが杖を奪ってしまえば、平和に暮らしてきた人間たちが魔物や敵国の恐怖に脅かされる。友好的とはいえない関係とはいえ寝覚めが悪かろう」
「……」
黙りこくる大妖精。
ここで「そんなの関係ない」と言われれば、もはや説得は不可能だろう。
「……確かに、平和に暮らしている人々を苦しめる結果になるのは望まぬところです」
「だったら、妖精と人間の共同で杖を所有するっていうのはどうだ? 対価が必要なら俺たちが領主に掛け合ってみる」
「残念ですが、それはできないのです」
大妖精は首を横に振った。
「聖杖アルカレイドは供物として大樹に捧げられるのです」
妖精の里には『大樹』という聖なる樹があるらしい。
大樹は妖精の森に魔力を満たす存在で、森の花が夜に光るのも大樹のおかげだという。
妖精たちにとって大樹は信仰の対象であり、かけがえのない存在であった。
ところが最近、大樹の力に異変が発生しだした。
聖なる力であるはずの大樹の魔力がなんらかの原因で汚染され、魔物が生じるようになったのだ。
「原因はわかりませんが、大樹が邪悪な力に蝕まれてきているのです」
「それを取り除くために……」
「聖杖アルカレイドの聖なる力で浄化を試みます」
そういう事情があったのか……。
森で魔物と出くわしたのも合点がいく。
「大樹に杖を捧げればその力は枯渇するでしょう。結果として人間たちは守護するものを失うでしょうが、それも仕方ありません。私は人間と妖精の暮らしを天秤にかけ、後者を選んだのです」
大妖精は妖精たちの長。
その決断は決して間違っていない。
むしろ当然の選択だ。
「……なら、杖を捧げない方法で大樹を浄化できれば、杖を譲ってくれないか?」
「えっ!」
大妖精が驚く。
「杖は目的のための手段に過ぎない。目的さえ達成できれば、杖は必要なくなるだろ?」
「し、しかし、そんなことできるのですか?」
「なんとかしてみせる」
無責任な約束をしてしまった。
この時点で俺は、なんとかできる見込みなんてまったくなかった。
ただそれでもこうするしかなかったのだ。
「大妖精さま。アッシュさまを信じてください!」
プリシラが祈るように手を握り合わせてそう言う。
俺は魔書『オーレオール』を大妖精に見せる。
「とてつもない魔力をその魔書から感じます……。これは一体……」
「俺はこの魔書を継承された魔術師だ。別の方法で解決できるよう、全力を尽くす」
大妖精が再び沈黙する。
そして沈黙を破ったとき、こう言った。
「わかりました。万人がしあわせになれる方法があるのなら、それを模索すべきでしょう」




