103-4
人々が築いてきたあらゆるものを覆す混沌。
それを望む者たちの集団がロッシュローブ教団……。
ナイトホークが続けて言う。
「滅びねばならんのだ。この世界は。科学で栄えたかつての旧人類のように」
再び攻撃してくるナイトホーク。
ナイフによる素早い連撃。
それをどうにか回避する。
魔書『オーレオール』の魔力で身体能力を強化していなければ、とっくに俺は八つ裂きにされていただろう。それほどナイトホークの攻撃は苛烈だった。
俺もスセリも攻撃の隙をついて反撃を試みるも、ナイトホークはことごくいなしていった。
互角の戦い。
「アッシュ・ランフォード。お前は『持つ者』だ」
言葉の意味がわからず、俺は言葉を返さない。
「『持たざる者』は現状を覆す混沌を求めている。万人が等しく苦痛にあえぐ世界を望んでいるのだ」
「『持たざる者』の苦痛を『持つ者』にも味わわせたいというのじゃな」
「わかっているではないか。『稀代の魔術師』よ」
「……まったく、呆れた輩じゃ」
スセリが俺に視線を向ける。
「アッシュ。ナイトホークに言ってやるのじゃ」
「……」
俺とナイトホークの視線がぶつかる。
ナイトホークは無言のまま俺の言葉を待っていた。
だから俺は言った。
「万人が幸福になれる世界は難しいだろう。『持たざる者』の苦痛は、俺には理解できないのかもしれない。だが」
いったん言葉を止めてから続ける。
「平和な世界を目指して歩み続けるのを止めるのは間違っている。平和をあきらめて混沌を求めるなんてもってのほかだ」
剣の切っ先をナイトホークに向ける。
ナイトホークは吐き捨てるように言った。
「貴族の子供らしい、お行儀の良いセリフだな。劇か本でおぼえたのか?」
俺は持て余していたほうの手で魔法の矢を放つ。
矢はナイトホークに突き刺さり爆発した。
爆風。
立ち込める煙。
煙が収まって視界が明瞭になると、ナイトホークの姿は忽然と消え失せていた。
さすがに倒したわけではないだろう。
逃げられた。
「アッシュさま!」
「アッシュ!」
昇降機側の通路からプリシラとマリアが現れた。
「ロッシュローブ教団は全員捕まえましたっ」
「冒険者ギルドの冒険者たちが助けにきてくれましたのよ」
「ありがとう、二人とも」
「残念じゃが、親玉には逃げられてしまったのじゃ」
「ラジオ塔を取り返しただけでじゅうぶんですわ」
しかし、どうしてナイトホークは生きていたのだろう……。
嫌な予感がする。
悪いことが起きる前触れでなければいいのだが……。
「スセリはわからないか? ナイトホークが生きていたことに関して」
「わからぬが、おぬしが思っているほど不老や不死は特別なものではないのじゃ」
それは自分が不老不死だからそう思うだけでは……。




