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「……」
セヴリーヌの表情を見てスセリは肩をすくめた。
「よくばりじゃのう。己が分別のつく人間だと自覚しておるなら納得できるはずじゃぞ」
「リオンを横取りしたお前に言われたくない」
「うぐっ」
痛いところをつかれたな、スセリ。
二人は友人であり、恋敵でもあったのだ。
リオンという男性をめぐって二人は争い、スセリが勝利した。
とはいえ、彼女が勝利しなければアッシュ・ランフォードなる人物は生まれなかったわけだが。
スセリが右の箱を持ち上げて左に置く身振りをする。
「それはそれ。これはこれじゃ」
「お前の言葉には説得力がないんだよ、バカ!」
まあ、かつての恋敵に友情論や恋愛論を説かれても逆効果だよな……。
それから数日後、船は無事にケルタスの港に着いた。
「久しぶりね、みんな! 元気そうでなによりよ」
宿屋『夏のクジラ亭』に何か月ぶりかに戻ってきた。
おかみのクラリッサさんは熱烈に、旦那さんでコックでもあるヴィットリオさんはあくまで淡々と歓迎してくれた。
故郷の実家に帰ったような懐かしい気持ちで胸がいっぱいになった。
ランフォード家を出て最初の拠点がこの宿だった。
第二の故郷と言っても過言ではない。
感極まって涙を流すクラリッサさん。
それに感化されてプリシラも涙ぐんでいる。
「クラリッサさまもヴィットリオさまもお変わりないようで」
「ああ。俺もクラリッサもなにも変わっていない」
「退屈な日々を送っていたわ」
それはとてもいいことだと思う。
平穏とはあらゆる努力の上に成り立っているのだから。
ヴィットリオさんがセヴリーヌの頭に、ぶっきらぼうに手をやる。
「王都は楽しかったか」
「まあまあだったぞ。アタシはケルタスのほうが好きだ」
「そうか」
にひひと笑うセヴリーヌ。
ヴィットリオさんも笑っている……、ような気がする。
まるで親子みたいでほほえましかった。
と、そんなとき……。
「クラリッサは『退屈な日々』と言ったが、実はケルタスの街にはちょっとしたことが起きた」
ヴィットリオさんがそう言う。
「俺は冒険者じゃないから古代文明については詳しくないのだが」
窓に目をやる。
「ある日、突然生えてきたんだ――遺跡が」
窓には天高くそびえる塔が映っていた。
その出来事の詳細を冒険者ギルドのケルタス支部で聞いた。
それはひと月前。
地響きが起きたかと思えば荒野の地面が突如として割れ、その裂け目から古代遺跡の塔が伸びてきたのだった。
ギルドはすぐさま冒険者を調査に向かわせたが、塔が地面から生えてきた原因も理由も、なにひとつわからなかったのだという。
幾度調査しても埒が明かなかったが、塔は今のところケルタスに直接的な悪影響は及ぼしていないため、調査の半ばで放置されているとのこと。
天まで伸びる高い塔はケルタスの景色に異物として加わっている。
「いきなり地面から生えてきた塔……。不気味ですわね」
「意味もなく現れることなどあるのでしょうか」
「古代文明の機械に精通した何者かが、塔の機能を生き返らせた可能性が高いのじゃ」
「目的は?」
「本人に尋ねればよかろう」




