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かわいい寝顔だ。
彼女を起こさないよう、そっとおぶる。
小さな身体に軽い体重。
彼女の心地いいくらいの体重を感じながら帰路に着く。
寝息が首筋にかかってくすぐったい。
「えへへ……。アッシュ……」
「うん?」
「もう食べられないぞ……」
なんだ、寝言か。
「ずっとアタシといてくれるのか……? やったー。……むにゃむにゃ」
罪悪感をおぼえてしまう。
逆にセヴリーヌを『シア荘』に招こうか。
プリシラとマリアなら歓迎してくれるはず。スセリもたぶん。
翌朝。
セヴリーヌはケルタスに帰ることになった。
そしてスセリの風邪はすっかり治っていた。
「もう少し王都に滞在してはいかが?」
「ウルカロスやクラリッサにはすぐ帰るって伝えてるんだ。長い間不在にはしたくない」
セヴリーヌが他者を気にかけていることに少し驚いてしまった。
いくら精神が子供のままの彼女でも、それくらいのことは考えられるか。
「じゃあな、アッシュ」
右手を掲げるセヴリーヌ。
青い魔力が手のひらに集中するのが視覚でわかる。
転移魔法を使うつもりだ。
「待て!」
「なっ!?」
俺はそれを阻止した。
セヴリーヌがずっこけると、集中していた魔力が大気中に霧散した。
「な、なんだよアッシュ。アタシと別れるのがイヤなのはわかるが……」
「いや、そうじゃなくて……。転移魔法は使わないでほしいんだ」
「なんでだよ」
ふしぎそうに首をかしげる。
「転移魔法は危険だからやめたほうがいい」
「とある魔術師は失敗して、全身の毛という毛をその場に残して転移したらしいのじゃ。のじゃじゃじゃじゃっ」
それは恐ろしい……。
「おぬしもうっかり失敗して、全裸でケルタスの街中に転移でもしたら大恥じゃぞ」
「うーん、街に素っ裸でいたら憲兵に捕まりそうでめんどいな」
それより先に羞恥心を感じてほしい。
「それにせっかくですから船旅を楽しんではどうですか? セヴリーヌさま」
「そうだな。たまにはいいかもな」
さいわいにも当日の出航のチケットは残っていた。
王都からケルタスまでの船旅は日数がかかるから、帰りが遅くなる旨をウルカロスに伝えた。
「承知しました、セヴリーヌさま」
「クラリッサとヴィットリオにも伝えておいてくれ」
「ええ。よい旅を」
セヴリーヌの従者であるゴーレムのウルカロス。
彼はセヴリーヌによって改造され、端末と通信できる機能が搭載されていたのだ。
「船旅か。なんだかわくわくしてきたぞ。なあ、お前もだろ? アッシュ」
「お、俺?」
俺は自分を指さす。
俺は別にわくわくしてはないが……。




