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ブレイクさんは俺に質問する。
「アッシュくん。キミはどうしてシュロを、たまごから生まれた魔王ロッシュローブを倒そうとしなかったんだい?」
理由は単純だ。
いくら魔王ロッシュローブであったとしても、その記憶がないのなら罪には問えない。
自分が同じ立場だったら理不尽を訴えるだろう。
身におぼえない罪によって命を奪われる。
そんなことあってはならない。
あの儚く無垢な少女は魔王であって魔王ではないのだ。
「えっと、かわいそうだったからです」
「魔王が可憐な少女だったから気が変わったのじゃよ、こやつは。のじゃじゃじゃじゃっ」
スセリにからかわれてしまった。
彼女の言うこともあながち間違いではなかったので反論はできなかった。
シュロを初めて見たとき、手折れば枯れる花のような印象を受けた。
守ってあげたいという庇護欲に駆られたのだ。
スセリが急にまじめな顔になる。
「じゃが、あやつ、本性を隠しておるのかもしれんぞ。ワシらをうまく誘惑して外の世界に出てこれたのじゃ。いつ『魔王ロッシュローブ』になってもおかしくないのじゃ」
「それはない」
と、信じたい。
なんの自信も根拠もない。
ただの俺の願望だ。
あの孤独で不安げな表情が演技だなんて信じたくなかった。
スセリの意見はもっともなのだが、俺はシュロをどうしても疑えなかった。
「スセリの言うことは正しい。ただ、最悪の事態ばかり考えて、懸念を片っ端から排除したせいで、最善の結果になるチャンスを失ってしまうのも同じくらいもったいないと思わないか?」
相手は『稀代の魔術師』。一笑に付されるだろうか。
かと思いきや、スセリは真剣に俺の言葉を受け止めてくれた。
「……ふむ。一理ある。甘ちゃんの考えじゃがの」
そしてため息をつく。
「まあ、それがアッシュのよさでもあるのじゃろう」
彼女は苦笑していた。
「僕はいいと思うな、アッシュくんの考えかた。足元の小石ばかりを見ていたら、真上に広がる大空の美しさに気付けないけらね」
ブレイクさんも味方してくれた。
「あの、ひとつよろしいでしょうか」
イルルが挙手する。
「共同生活の件ですが、私たちだけで話を進めていくのはいけないと思います。シュロの意思を問わなくては」
そのとおりだ。
俺たちはシュロをギルド長室に呼んだ。
プリシラとマリアに連れられてシュロは俺たちの前に現れた。
「シュロ。パンケーキはおいしかったか?」
「うん、アッシュお兄ちゃん。ふわふわしてて、あったかくて、シロップが甘くておいしかった」
ぽわんとしあわせそうに顔をほころばせるシュロ。
満足してくれたようだ。




