98-2
魔王ロッシュローブを倒すなら今しかない。
たまごから生まれたばかりの魔王は、自分が何者かすら理解していない。
……だが、だからこそ、俺は彼女に刃を向けられなかった。
「イルル。質問していいか」
俺はイルルに、機械としての冷静な判断を求める。
「自分が何者なのか理解していないものを、悪として罰することはできるのか?」
「……」
俺の問いの意味を理解したのだろう。イルルは一瞬黙る。
プリシラも、マリアも、俺と同じ疑問を感じていたのだろう。
スセリは……わからない。
「旧人類の法では、罰せられないこととなっています」
黒髪の少女が不安げに俺たちを見つめている。
「ねえ、私は誰なの? あなたたちなら知っているんじゃないの?」
教えるべきだろうか。
自分が邪悪なる魔王であるということを。
この、なんの悪意も秘めていない、無垢な少女に対して。
少女は心細げだ。
自分が何者であるかすらわからないことに不安を感じている。
だから俺は……。
「……キミは生まれたばかりで、まだ名前もないんだ」
「アッシュさま」
「アッシュ」
「アッシュ、おぬしというやつは……」
プリシラとマリアは俺の判断に賛成しているようだ。
スセリは呆れている。
イルルは無表情だ。
「私、生まれたばかりなの?」
「ああ」
「あなたがお父さん?」
「えっ」
思いがけない質問をされてしまう。
確かに、彼女が生まれて最初に見たのが俺たちか……。
「いや、すまない。俺は父親じゃないんだ」
「そう……」
しょぼんとする黒髪の少女。
「アッシュさま。この方はどういたしましょう」
「とりあえず、ブレイクさんに相談しよう」
「もしやアッシュ。こやつを外に出すのか」
「置いていくのはかわいそうだろ」
「魔王に対して『かわいそう』とはのう……」
黒髪の少女は依然としてぺたんと地面に座っている。
そんな彼女に俺は手を差し伸べた。
「キミ、おなか減ってないか?」
「おなかへった」
黒髪の少女はおなかをさする。
「なにか食べさせてあげるから、ついてきてくれないか」
「……うん」
黒髪の少女は俺の手を取った。
「うーん、魔王に同情したあげく、食事に誘うとは。さすがはアッシュじゃのう」
もちろんスセリはほめていない。
「俺の名前はアッシュ」
「アッシュ……」
それから他のみんなの紹介も軽く済ませる。
「キミの名前は」
「私の名前は……」
またしょぼんとする。
「わからない」
「なら『シュロ』って呼んでいいか?」
とっさに思いついた名前をとりあえず言ってみた。
「うん。私はシュロ。かわいい名前をありがとう」
シュロが笑った。
飴細工のような儚い雰囲気を感じる、どこか危うげな笑みだった。




