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「スセリさま。それは矛盾していますわよ」
ため息をついてマリアが指摘する。
「そもそも、魔王ロッシュローブのたまごを封印するという措置を旧人類がとったのは、魔王とまともに戦ってもかなわないからでしょう? 戦って勝てるのなら、昔の人たちはとっくにたまごを割っていますわ」
「しかし、旧人類は一度、魔王ロッシュローブを倒しておる」
「甚大な被害を出しつつ、ですわ」
マリアがそう付け足した。
それでもスセリは平然としている。
その指摘をあらかじめ予想していたかのように。
「古代にはなくて現代にはあるもの。それはなんじゃ?」
「いきなりなぞなぞですの?」
「答えてみるのじゃ」
「えーっと……」
マリアが考える。
しばらくして、肩をすくめて降参した。
「答えを教えてくださいまし」
「答えは――この『稀代の魔術師』じゃ」
ニヤリと不敵な笑みを浮かべるスセリ。
「それと」
そしてさらに俺を指さした。
全員が俺に注目する。
「その後継者じゃ」
「ちょっ、ちょっと待ってくれ!」
「アッシュさんは魔王を倒す実力を持っているのですか?」
イルルが質問してくる。
答えは否、だ。
即答だ。
確かに俺は『稀代の魔術師』であるスセリから魔書『オーレオール』を受け継いでいる。
魔書に宿った魔力は膨大で、その気になれば世界だって滅ぼせる。
だが、とてもじゃないが魔王を倒すなんて不可能だ。
極めて高度な文明を持っていた旧人類でさえ持て余したものを、俺がどうにかできるなんて思い上がりもはなはだしい。
「スセリ。俺を買いかぶりすぎだ」
「いーや、おぬしは自身を、いや、『オーレオール』を過小評価しておる」
俺は『オーレオール』に目をやる。
あらゆる禁断の魔法が記された怖ろしき魔書。
「ワシの最高傑作である『オーレオール』なら魔王だって滅ぼせるのじゃ」
「仮に、仮にそうだとするぞ」
俺はいったん、彼女の言葉を認める。
そこから反論する。
「魔王とまともに戦ったら被害も尋常じゃないと思うぞ」
さっきもマリアが言ったように、旧人類は魔王を倒したが滅亡の原因となるほどの痛手も負った。
魔王を倒した頃には世界は瓦礫と化していた、では意味がない。
他者の犠牲は無視できない。
「それに関してもワシなら対処できる」
「どうするのですか? スセリさま」
「異世界で戦うのじゃ」
「異世界?」
「『オーレオール』の魔法で、一時的にこの世界と切り離した別の世界を作り出す。その中で魔王のたまごを孵化させて戦うのじゃ」
ガルディア家が魔王の断片である四魔を異世界に封じたように、今回も異世界に魔王を封じ込め、そこで倒すという作戦か。
「封じ込めるだけではダメなのかい?」
「魔王ロッシュローブほどの悪魔なら、いずれ異世界から出てくる危険性があるのじゃ。魔王を倒す力を持つ者がいる今、倒すべきなのじゃ」




