96-5
そうしてエルドリオンとの話は終わり、俺はミリアのところに行った。
ミリアは俺を連れてヴォルクヒルの市街地まで来た。
下流の貴族が住む地域だ。
下流とはいえ貴族は貴族。
立派な家が立ち並んでいた。
ミリアはそのうちの古い屋敷の前で立ち止まった。
「ドキドキするよ」
ミリアは緊張が現れた笑みを浮かべている。
期待と不安が入り混じった表情だ。
ここまで来て、さすがに俺も見当がついた。彼女がなにをしようとしているのか。
門を開けて敷地内に入る。
そして玄関の呼び鈴を鳴らすと、使用人が出迎えた。
「……あなたさまは!」
年老いた使用人がミリアを見て驚く。
「あの、お父さんを呼んでください」
「少々お待ちを」
使用人が屋敷に戻る。
やはりそういう理由だったんだな。
ミリアは緊張した面持ちで自分のつまさきを見つめている。
「やっとわたし、帰ってこれるんだ」
そうつぶやくのが聞こえた。
それにしても遅い。
なかなか使用人が戻ってこない。
俺たちはかなりの時間、玄関の前で待たされた。
「ここ、ミリアの家だったんだ」
家『だった』という言いかたが悲しい。
「わたしは不幸を呼ぶ子供だったから追い出されちゃったけど、これでやっと帰ってこれる」
ミリアはすがるように上目づかいで俺に尋ねる。
「ミリア、おうちに帰れるんだよね。お父さんやお母さん、お姉ちゃんと暮らせるんだよね」
なんて返事をしようか迷っていると、玄関の扉が開いた。
出迎えたのは恰幅のいい中年の男性だった。
おそらく彼がミリアの父親なのだろう。
「お父さ――」
ミリアが言葉を途中で途切れさせる。
それも仕方がない。ミリアの父親は、およそ自分の娘との再会をよろこぶような表情をしていなかったのだから。
彼は嫌悪の目つきをしていた。
「ここには戻ってくるなと言ったはずだ」
「でも、お金! お金集めたの! おうちの借金をこれで返せるよ!」
ミリアが通行料の入った箱を見せる。
「この中のお金の10倍くらい、まだあるの。これで――」
「失せろ」
びくりとすくみ上るミリア。
「そんなはした金でどうにかなると思っているのか」
「お母さんとお姉ちゃんに会わせて!」
「二度と戻ってくるな」
ミリアの父親が扉を閉めようとする。
それを俺がどうにか力ずくで止めた。
「ミリアのお父さん、その対応はあんまりじゃないですか。ミリアはがんばってお金を集めたんですよ。それなのに――」
「北門で金を恵んでもらっていたのだろう。そんなもの、我が家の恥だ」
ミリアの父親が俺の胸をどんと押す。
後ろによろめいてしまう。
その隙にミリアの父親は玄関の扉を閉めてしまった。




