10-3
「わたくし、もう街を歩けません……」
「これはアッシュが責任を取らんとのう」
「なんで俺の責任なんだよ」
あのあとディアはその場から走り去り、すぐさま元の服に着替えたのであった。
それで俺たちの海水浴は終わり、『夏のクジラ亭』の食堂に戻ってきたのである。
「だいじょうぶですよ、ディアさま。裸ならわたしもアッシュさまに見られましたからっ」
「え、ええ!?」
「ワシも見られたぞ。一糸まとわぬ姿をの」
「誤解を生む言いかたはやめろ二人とも!」
まるで俺が三人を脱がしたみたいじゃないか。
「それよりも、だ。海水浴もしたし、いい加減セヴリーヌに会いにいこう」
「そうじゃの」
「えっと、セヴリーヌさまは灯台の近くに住んでいるんでしたよね」
200年前と変わらなければ、の話だが。
それに灯台といっても、ケルタスの街の周辺には灯台はいくつもある。それをしらみつぶしにさがしていくのは骨が折れる。
「スセリさん。セヴリーヌという方も不老の人間なのですか?」
「うむ、そうじゃ。ワシと同じく今も少女の姿をしているはずじゃ」
「でしたら、街でもウワサになっているかもしれませんね」
不老の少女が住んでいる家。
確かに、そんなウワサが流れていてもおかしくない。
「あなたたち、セヴリーヌちゃんに会いにいくの?」
俺たちの会話に『夏のクジラ亭』店主の奥さん、クラリッサさんが加わってきた。
「クラリッサさん、セヴリーヌを知っているんですか?」
「このケルタスの街でセヴリーヌちゃんを知らない人はいないわよ」
「あ、そんなに有名なんですね」
「大昔からずっと歳をとらないっていうウワサの女の子だからね。本当かどうかは知らないわよ」
「あやつめ、不老の身であるのは秘匿せよと口酸っぱく言っておいたのに……」
スセリがぶつくさ言う。
「まあ、よい。これであやつの居所がわかったのじゃ。クラリッサよ、セヴリーヌの家を教えてほしいのじゃ」
冒険者ギルドでもらってきたケルタス周辺の地図をテーブルに広げる。
クラリッサさんは「ここよ」と地図の一点を指さした。
街の外壁の外にある灯台のそばだった。
少々遠い。
今から行くと日が暮れるな。
セヴリーヌに会いにいくのは明日にしよう。
そう決めた俺たちは、今日は宿で過ごすことに決めた。
『夏のクジラ亭』にはどうやら俺たちしか宿泊していないらしい。
昼と同じく、夕食の時間になっても食堂は貸し切り状態だった。
それなのに、俺たちは宿代どころか食事の料金すら払っていない。
この店の経営はだいじょうぶなのだろうか……。
部外者ながら心配になる。
「できたぞ」
宿の店主かつ、この宿の料理人であるヴィットリオさんが料理を運んできた。
あつあつのグラタンだ。
ホワイトソースの濃厚なかおりが食欲をそそる。
「焼きたてのパンもあるわよ」
さらにクラリッサさんが編みカゴにどっさりと丸いパンを入れて持ってきてくれた。
「うわぁっ」
「おいしそうなのじゃ」
プリシラとスセリが目をきらきらと輝かせていた。
俺たちは満腹になるまでグラタンとパンを堪能し、それから各々の部屋で眠りについたのであった。




