93-8
「起きるのじゃ、アッシュ」
耳元でささやく声がして俺は目を覚ました。
朝日に目を慣らすよう、ゆっくりとまぶたを開いていく。
少しずつ広がっていく視界。
ベッドに眠る俺を覗き込む、銀髪の少女の顔がぼやけて見えた。
スセリだった。
ぼやけた世界の輪郭がはっきりする。
俺はスセリをどかして身体を起こした。
なんだか重いと思ったら彼女、俺にまたがっていたのだ。
「今日は出発の日じゃろ。そんな日に限って寝坊しおって」
「出発の日……」
「依頼で王都の外へ出るのじゃろう」
ぼんやりとした頭が徐々にはっきりとしてくる。
そうか。そういえばそうだった。
エリンシアのパン屋を救ったあと、新たにギルドから依頼を斡旋されたのだった。
今度は王都の外。
大陸の東だ。
今日はその出発の日だった。
「まあ、寝坊するのも仕方あるまい」
スセリがニヤリと笑みを浮かべる。
いたずらを思いついた子供の笑みだ。
嫌な予感がする。
「男のおぬしと女ワシが、夜中にあんなに『仲良く』しておったのじゃからな」
仲良く、の部分をやたらと強調する。
からかってるつもりか。
俺は彼女の冗談を軽く流すことにした。
「そうだな。二人でゲームに熱中したものな」
昨夜、俺のスセリは端末のゲームをしていた。
いつもの冒険ゲームではなく、二人で対戦するボードゲームだ。
スセリの退屈しのぎに付き合う程度だったはずが、俺もついつい熱くなってしまったのだ。
そして夜更かし。
ゆえの寝坊。
部屋の外から食欲を促すいいにおいがしてくる。
プリシラが朝食を作っているのだろう。
彼女を待たせるのは悪いな。
「さて、着替えるから先に部屋を出てくれ」
「遠慮しないでよいのじゃ」
「遠慮なんかしてないから出てくれ」
「……そのようすだと、昨夜のことはおぼえていないようじゃの」
「おぼえてるさ。いっしょにゲームしたんだろ」
「そのあとのことじゃ」
「え……」
スセリがふたたびニヤリとする。
どきりとする。
その笑みが暗になにを言っているのかくらい、俺にだってわかる。
「おっ、おい! それも冗談だろ!?」
「さて、どうじゃろうな。ワシは楽しかったぞ。満足したのじゃ。ゲームよりよほどな」
「本当はなにもなかったんだろ!?」
「若い男女が夜を共にしたら『そうなる』のは自然なことなのじゃ。恥ずかしがるでない」
今度は『そうなる』を強調してくる。
しなだれかかってきて肌と肌が密着する。
くやしくも、どぎまぎしてしまう。
これではスセリの思うつぼじゃないか。
「本当のことを教えてくれ……」
「思い出せんおぬしが悪いのじゃ」
そんな感じで新たな一日がはじまったのだった。
王都を発ち、東の地へ。




