93-7
エリンシアの目に涙がにじむ。
悲しみの涙ではない。
よろこびの涙だ。
「よかった……。本当によかったです……」
ぺんたんと、その場に座ると、せきを切ったように泣きだした。
マリアが彼女を背中から抱きしめる。
「よく今までがんばりましたわね。たった一人で」
「はいっ。がんばりましたっ。すっごくがんばりましたっ。ガルアーノの脅しにも屈しませんでした。でも、でも、とっても怖くて心細かったんです……」
それからエリンシアは俺に言う。
「そんなとき、アッシュさんたちが私を助けてくれたんです。アッシュさんはまさしく勇者さまです」
「ははっ、大げさだな。俺は勇者なんて大層な――」
「そのとおりですっ。アッシュさまは勇者さまなのですっ」
プ、プリシラ……。
自分の誇りのようにドヤッとした顔で自慢している。
ま、まあ、悪い気分じゃないのだが……。
「プリシラの言うとおりですわ。アッシュは弱き者を助け、悪しき者をこらしめる勇者なのですわ」
「だそうじゃぞ、アッシュよ」
俺はそこまでお人よしじゃないんだが……。
それに俺の師となる銀髪の少女は、どちらかというと悪党寄りだ。
「私、アッシュさんたちにお礼をしなければいけませんね」
「いや、報酬ならギルドから受け取るから問題ないぞ」
「報酬ではなく、私の個人的な気持ちです」
「そうか……」
エリンシアは目をきらきらとさせている。
これを断るのはかえって失礼かもしれない。
「なら、パンを焼いてくれないか」
「え、そんなのでいいんですか?」
「エリンシアのパンは『そんなの』じゃないさ。せっかくだからたくさん欲しい」
「わかりましたっ。腕によりをかけて焼きますねっ」
「わーっ! わたし、楽しみですっ」
「ステキなお礼ですわね」
「うむ。あ、ワシはクリームパンが食べたいのじゃ」
そういうわけで、俺たちは窮地に陥ったパン屋を救ったのだった。
それからもしばらくは依頼は続き、エリンシアの『ブランシェ』でパン屋の手伝いをした。
連日行列ができるほどのお客だ。エリンシア一人では到底店を回せない。
従業員を新たに雇うまで、しばらくは働くことになるだろう。
従業員の募集の張り紙をしたら、すぐに希望者が現れた。
お店の復活から7日後、『ブランシェ』に新たに女の子の従業員が三人加わった。
「よろしくお願いします、店長!」
「店長のパンを食べて感激したんです! 『ブランシェ』で働けるなんて夢のようです!」
「いっしょうけんめいがんばりますねっ」
「て、店長ですか……。なんだかこそばゆいですね」
それからも『ブランシェ』には客足が絶えなかったのだった。




