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「あきらめるにはまだ早いのじゃ」
スセリが言う。
落ち込んでいたエリンシアがはっと顔を上げる。
「ありふれたパン屋だったら『ありふれていないパン屋』になればよいまでなのじゃ。じゃろう? アッシュよ」
「ああ」
スセリの言うとおりだ。
ありふれているとはいえ、せっかくおいしいパンを焼けるのに閉店するのはもったいない。
エリンシアのパンには可能性がある。
他のパン屋にはない独自性さえあればきっと人気になるはずだ。
「エリンシア。あきらめないで、わたくしたちを頼ってくださる?」
「もっ、もちろんです!」
エリンシアはぺこりとおじぎする。
「よろしくお願いします! どうか私のパン屋を救ってください!」
「わたしたちでこの『ブランシェ』を大繁盛させちゃいましょうっ」
こうして俺たちはエリンシアのパン屋『ブランシェ』を助けることになった。
なにはともあれ、まずは外観。
人は見た目がすべてではない、と言われているが、お店に関しては見た目が一番大事だと思う。
この『ブランシェ』は、昔こそおしゃれな見た目だったのだろうが、月日が経ったせいで色あせ、劣化し、今はその面影をかろうじて残す程度。印象はよくない。
塗料を買ってくる。
それから汚れても平気な服装に着替え、色の塗りなおしにとりかかった。
「できましたーっ」
丸一日かけて店舗の塗装を終えた。
年老いたように色あせていた外観は、今はピンクや水色といったパステルカラーに彩られたかわいらしい姿に若返っていた。
「かわいらしい色使いですねっ」
「体中が塗料くさいのじゃ。早く風呂に入りたいわい」
「見違えるほどきれいになりました! これで繁盛間違いなしです!」
「気が早いな、エリンシア」
次にやるべきことは――。
「新商品の考案かな」
「新商品ですか……」
この『ブランシェ』独自の、他のパン屋にはない、目玉になるものを考えたい。
とはいえ、俺たちはただの冒険者。パンに関しては素人。
新しいパンを考えろと言われても難しい。
みんな考え込む。
訪れる沈黙。
「うーん、いっそ焼きそばとカレーライスでも売り出すのはどうじゃ?」
「あはは、海の家ですね……」
「もう、スセリさまってば。ここはパン屋ですのよ」
「冗談じゃよ」
そのとき俺はひらめいた。
スセリの案、意外といけるかもしれない。
「焼きそばとカレーをパンに入れるっていうのはどうだ?」
「えーっ!」
プリシラとマリアとスセリとエリンシアが同時に声を上げた。
「アッシュ、正気ですの?」
「なんとなくだが、いける気がするんだ」
「試してみる価値はありそうじゃぞ」




