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9-7

「できたぞ」


 ちょうどいいときにヴィットリオさんが料理を運んできた。


「おいしそうですーっ」


 大皿に乗っているのは魚介類がふんだんに使われたパスタだった。

 トマトソースの酸っぱいかおりが食欲を刺激する。

 プリシラが目をキラキラさせながらその大皿を覗き込んでいた。


「うまそうじゃのう」

「エビや貝はケルタスの海でとれた新鮮なものだ。……って、一人増えてないか?」

「気にせんでいいぞ」


 訝りながらもヴィットリオさんはもう一人分の小皿を厨房から持ってきた。


「さっそく取り分けますねっ」


 小皿にパスタを取り分けていくプリシラ。

 最初にスセリに。

 それからディアに。

 最後に俺に。


 ……って、なんか俺だけ量が多いような。


「いっぱい召し上がってくださいねっ。アッシュさまっ」

「あ、ありがとう……」


 ヴィットリオさんの魚介類パスタは期待をいい意味で裏切る味だった。

 おいしい。

 とてつもなくおいしい。

 ランフォード家が雇っているシェフの作る料理をはるかに凌駕している。

 路地裏の宿屋で出てくるような料理ではない。

 王族でもこれほどの料理にはそうそう出会えないだろう――と言っても過言ではなかった。


 長い旅路で干し肉や乾いたパンしか食べてこなかった俺たちは、底なしの食欲に身をまかせ、猛烈な勢いでパスタを胃袋にかき込んだ。

 山盛りだったパスタはあっという間になくなってしまった。


「お前たち、もう食べたのか……」


 ヴィットリオさんも驚いていた。


「満足じゃ満足じゃ」

「とってもおいしかったですーっ」

「わたくしの屋敷のシェフでもこれほどのパスタはつくれないでしょう」

「世辞などいらん。席を片付けるから、食べたらとっとと部屋に行け」


 食事を終えた俺たちは各々の部屋へと向かった。


「どう? おいしかったでしょ。ウチの旦那の料理」


 ロビーを通ったとき、クラリッサさんがそう声をかけてきた。


「もしかして、この料理も……」

「もちろんタダよ。好きなだけ食べていいからね」

「そ、それはさすがに申し訳ないです……」

「あっ、そうですっ」


 プリシラがぽん、と手を合わせる。


「わたし、お皿洗いを手伝ってきますっ」

「いいのよ、プリシラちゃん。そんなの旦那にまかせれば」

「いいえ。メイドとしてこれくらいはしなくては」


 プリシラは道を引き返し、食堂へ戻っていった。


「俺たちもヴィットリオさんの手伝いに行こうか」

「そうですね。食事をさせていただくだけではやはり心苦しいですから」

「がんばるのじゃぞ。ワシは魔力が尽きたので、残念ながら手は貸してやれんが」


 スセリは実体を消して魔書『オーレオール』の中に逃げてしまった。

 都合のいいときに魔力が尽きるもんだな……まったく。


 厨房に行くとさっそくプリシラが皿洗いをしていた。


「ヴィットリオさん、俺たちも手伝いますよ」

「邪魔なだけだ」

「でしたら、食堂の掃除だけでもさせてください」

「勝手にしろ」


 俺とディアはモップを使って食堂の床を磨いたのだった。


「あの、アッシュさん」


 ディアが俺のそばに寄ってくる。

 そして耳元でささやいた。


「本当に、ありがとうございます」


 はにかむディア。

 自分の顔が赤くなるのが鏡を見なくてもわかった。


「わたしのこと、守ってください」


 ディアの笑みに俺は心を奪われてしまった。

 こそばゆい。

 どぎまぎする俺は「あ、ああ」という返事しかできなかった。

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