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マリアが覚悟を決めてくれただけあって、効果はてき面だった。
彼女の水着目当てで男性客が大勢訪れた。
顔も体つきも魅力的な彼女が肌をさらしたのだ。当然の結果だろう。
それよりも驚いたのは、スセリに言い寄る男性客も少なからずいたことだ。
彼女も顔立ちは整っているが、あくまで外見は子供。
おまけに地味な水着なのにもかかわらず。
「こういうのにこだわる男もおるのじゃよ」
スセリはそう言った。
ラピス王女たちの店に流れていた客たちがこちらにもやってきて、席が常に満員になるほど盛況になった。
この勢いなら経営は黒字だ。
俺はいったん焼きそばを焼く手を止めてコテージに入った。
コテージではプリシラがいっしょうけんめいカレーを煮込んでいた。
「プリシラ、そろそろ休憩したらどうだ?」
「だいじょうぶです。カレーを煮ているだけなので疲れませんから」
「昼食の時間が過ぎて客も減ってきた。少し休むくらいなら平気さ」
「でしたら、お言葉に甘えて」
プリシラに代わって俺がカレーを作る。
作るといっても、鍋を混ぜるくらいだが。
プリシラはイスにちょこんと座って休んでいる。
「マリアさまもスセリさまも人気ですね」
「二人とも美人だからな」
「うらやましいです」
自嘲するプリシラ。
「なに言ってるんだ。プリシラもかわいいぞ」
「そのお言葉はとてもうれしいのですが、『美人』と呼ばれるようになりたいなー、とも思ってまして……」
プリシラはまだ子供。
美人と呼ばれるにはまだ早い年齢だ。
年月が経って相応の年齢なれば美人と呼ばれるだろう。
「……あれっ?」
プリシラが窓の外に目をやる。
そして窓際に寄るとぎょっと目をむいた。
「アッシュさま、大変です!」
彼女が叫んだ理由がわかった。
窓から空を見あがると、さっきまで青かった空がどんよりとしていた。
不吉な灰色の雲が漂っている。
雨雲だ。
雨が降る。
そう思ったのと同時だった、無数の雨粒が浜辺に降り注いだのは。
夏の熱気を洗い流すかのような降雨。
海水浴客たちがいっせいに逃げ出す。
またたく間に浜辺は誰一人としていなくなった。
「あー、やれやれ。ついてないのじゃ」
スセリとマリアがコテージに戻ってきた。
「これではもう、今日の売り上げは見込めませんわね」
「残念ですね」
翌日も雨は止まなかった。
それどころか雨の勢いは増すばかりで、雨粒は窓ガラスを執拗に叩くのを止めなかった。
海の家が再開する見込みはなかった。
これではもう、売り上げもなにもない。
「神さまもいじわるですね」
「神は人間の事情になどまるで興味ないからの」




