9-5
食堂壁には絵画が飾ってあった。
太陽のような、見ていて元気になる黄色い花の絵。
ケルタスの街を空の上から見下ろした絵。
大小さまざまな船が停泊している港の絵。
絵画の目利きなんてできないが、素人目からすればどれもとても立派な絵だった。
「早く食べてみたいのう。ヴィットリオとかいう男の料理」
実体化したスセリがイスを前後に揺らしながらそう言う。
都合のいいときにかぎって『オーレオール』から出てくるよな。スセリは……。
「こういうオンボロ宿にいる料理人は腕が立つと決まっているのじゃ」
「オンボロ宿は失礼かと……」
「どっからどう見てもオンボロじゃろ」
厨房のほうから料理のかおりが漂ってくる。
食欲をそそるいいにおいだ。
否応にも期待が高まる。
「楽しみですね、アッシュさまっ」
プリシラも期待に胸を膨らませているようすだった。
ディアは姿勢正しくイスに座り、壁に飾られた絵画を眺めている。
食事もいいが、その前に確かめておかなくてはいけないことがある。
「ディア」
「はい?」
ディアが俺のほうを向く。
「これからディアはどうするつもりだ?」
俺は短い言葉でそう尋ねた。
たった一人で、行くアテもなく旅をしていた、謎を秘めた紫の髪の少女ディア。
魔物に襲われていた彼女を助けた俺たちは、ここまで彼女を連れてきた。
そしてこれからどうするのか。
それを決めなくてはならない。
「……」
口をつぐむディア。
うつむいて、膝の上に置いた自分の手に目をやる。
「なにも、考えておりません」
やはりそうか。
「帰る場所もないのか?」
ディアは無言でうなずいた。
「やっぱり事情は言えないのですか? ディアさま」
「それを話してしまえば、アッシュさんたちにも危害が加わりますので」
危害……。
ディアはなにやら危ない立場に置かれているらしい。
そんな彼女を放っておくわけにはいかない。
「ありがとうございます。アッシュさん。プリシラさん。スセリさん。このあとの身の振り方は自分で考えますので」
ここでお別れ。
――と言いたいらしい。
「それなら俺たちとこれからも行動を共にしないか」
「アッシュさん……。いえ、しかし、そうするとみなさんにも追手の危険が」
「『追手』か……」
「はっ」
うっかり口を滑らせたディアは自分の口を押えた。
それで彼女は観念したらしい。
ディアはとうとう自分の正体を明かした。
「わたくしの本当の名はクローディア。ガルディア家の長女、クローディア・ガルディアです」
「ほう。ガルディア家とな」
その家の名にスセリが興味を示す。
「古くからあるアークトゥルス地方の貴族じゃな」
「アッシュさまのランフォード家より大きいのですか? スセリさま」
「ランフォードなどとは比べ物にならんわい。ガルディア家は限りなく王族に近い大貴族なのじゃ。戦火が絶えなかった200年前でも、圧倒的な兵力で小さな諸侯を呑み込んで領地を広げていったのじゃ」
なるほど。
それならディアから感じる気品にも納得だ。
しかし、そんな大貴族の娘がどうして一人で旅をしていたのだろう。
「ガルディア家には家督を継承する候補者が五人いました。四人の兄と、わたくしです」




